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刀剣乱舞 
小狐丸(弟)×三日月宗近(兄)

PIXIV


夢叶う月    ********

「兄様」

ふとそう呼びかけられて三日月は物思いから覚めた。
弟の小狐丸の声だ。
本丸の中でも三日月は大部屋ではなく庭もある続き間に住んでいる。天下五剣の一振り、もっとも美しいという三日月は同時にその実力も太刀の中では抜きんでたものであったので何かにつけて特別扱いだった。

またその特別扱いを否とは言わせぬだけの実力がある。

「こちらにいられたか」

扉が開いて美しい白銀の髪をなびかせた小狐丸が入ってくる。

やはりその出生ゆえか自分には野生の血が入っていると笑う小狐丸は不思議とこの兄を慕ってくれている。

戦いとなれば誰にもひけをとらぬ三日月だが常の生活は身支度一つとっても人の手を借りることが多い。

三日月の世話を焼くのは本丸中の刀剣たちにとっては楽しみでもあり息抜きでもあるようでどこにいっても声をかけられる状況だった。

だがそれでもこの弟の小狐丸は何かにつけて三日月の元へと現れる。

その手には盆を持っている。

三日月の座る傍らにその盆を置き小狐丸は端座している三日月の傍らにあぐらをかいて座り込んだ。

この本丸にはほとんどの刀剣男士がそろっている。

その中でも小狐丸は大柄で鍛え抜かれた体が服の合間からのぞくのだ。

「今日のお八つだそうですよ。燭台切の労作です。なかなか兄様がいらっしゃらないので持ってきました」

「それは手数をかけたな」

三日月は微笑んだ。

「お前も広間で他の刀剣と食べていてよかったのだが…」

「放っておくと兄様は食が進まぬ。それでなくても細身でいらっしゃるのにな」

小狐丸の口調は気遣うものだった。

それは確かに自覚がある。

「なかなか人の身に慣れぬ故な」

「それは分かっておりますが…それに兄様、手数などではありません。それどころか兄様を独占するのかと言われてきたぐらいです」

そう言いながらふとまぶしいように小狐丸が三日月を見た。

「いったい何を物思いにふけっておられたのか」

「ああ俺か…」

ふと三日月は口元に笑みを浮かべた。

「お前と初めて会った頃のことを思い出していた」

「………」

小狐丸は一瞬黙り込んだ。

「あの頃のことは兄様には忘れていただきたいが」

「そうもいかぬ」

三日月はまだ盆のお八つには手を伸ばさずゆるりと傍らに座る小狐丸へと視線を向ける。

「兄様は意地がお悪い」

小さくため息をついて小狐丸は盆の菓子を手に取ると口元へと運んだ。

「あの頃の事は小狐丸は本当に反省しておりますのに」

「別に反省するというようなことではあるまい?」

それは三日月には本当に分からないところだった。

初めて小狐丸を見た時のことを覚えている。

すでに今の容貌をした美丈夫という言葉がぴったりするような弟だった。

さすが稲荷神の使いたる狐の相槌で打ち出されたというだけあって隆々たる筋肉に身が覆われ見上げるような男でもあった。

三日月も当時すでに太刀の中では抜きんでた剣の使い手であったのでこの弟の腕の程が一目見ただけで知れたものだ。

小狐丸が言う出会った時のことは忘れて欲しいというのは訳があった。

すでに出会う前から同く三条宗近によって打ち上げられた兄刀の存在を知っていた小狐丸は、天下五剣の中でもっとも美しいと言われる三日月宗近をその実力にもなく名のみの刀として嫌っていたのだった。

三日月にとってはその出会いの折りの出来事も楽しく思い返せることであったのだが、今や三日月を兄と慕う小狐丸にとっては到底許せぬ出来事であるらしいということは何かと小狐丸は言うのである。

「兄様に対して許されぬことを」

見るからにしおれた表情で小狐丸はつぶやく。

「兄様に…己の腕もわきまえずあのようなご無礼を…」

もちろんその折りのことは覚えている。三日月はまた口元に優しい笑みを浮かべた。

「別に許されぬこととは思わぬし…忘れたいというのであればお前はいつ忘れてもいいのだぞ?」

「何をおっしゃる。兄様」

慌てた様子で小狐丸は手を振った。

「兄様とのことを忘れようなどと決して思いませぬ。私にとっては限りなく宝のような思い出でございますれば。しかし…あの当時の己のことを思い返せば殴ってやりたいような気持ちでございます」

「まあ…そう気にすることもない」

鷹揚に笑うその三日月に魅入られたように小狐丸が視線を注ぐ。

「どのような出会いもまたよきかな」

「兄様」

「こうして今はお前は俺を兄と慕ってくれるのだからな。…まあせっかくの燭台切のお八つだ。いただこう」

そう言い三日月は手を伸ばして盆の上に盛られた菓子を手に取った。