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「闇の中の星」2013,8,10夏コミ発行
珀黎翔×汀夕鈴
夕鈴の母国の裏切りを許さず
一息に攻め滅ぼした珀黎翔
夕鈴は亡国の王女として
白陽国へ連れ去られた…

闇の中の星
    ******

夕鈴はわずかに震えながら立ち尽くしていた。広い謁見の間にはもう夕鈴と手をつないでいる青慎しかいなかった。物音が響いている。剣で切り結ぶ音、男たちの怒号。
その中でもひときわ響くのは王の嫡子を捜す声だった。すなわち夕鈴と青慎を。
この国は白陽国と国境を接した朝貢国の一つだった。大国白陽国の傘下にあってほそぼそと王国としての対面を保ってきた小国だ。夕鈴と青慎はこの国の王族だった。
だが王の知らないうちに白陽国を裏切ろうとしたたくらみが起こり、そしてそれを知った白陽国王によってこの国は瞬く間に攻め滅ぼされてしまったのだ。王は乱戦の中行方しれずとなり、白陽国を裏切ろうと画策した廷臣は戦に紛れて逃げ去ってしまった。信用のおける臣下もいたのだ。特に若くして頭角を表した李順を夕鈴も青慎も頼っていた。その李順が古くからの廷臣によって退けられて王宮を去った。そしてこの国は瓦解してしまったのだ。
再び何かが割れる音が聞こえて夕鈴はびくっと身をこわばらせる。
いったいなぜこんなことになってしまったのだろう。
夕鈴は自問する。
大国白陽国の王が代替わりし、冷酷非情、戦場の鬼神と呼ばれる王が王位についたその時から、いつかは今日が訪れるのではないかと思っていた。その日がついに来ただけだ。
だが、どこかでこうならない道はあったはずだ。変わることなく白陽国に恭順の意を示し、従うことで平和な国を守ることもできたはずだった。ちゃんと廷臣の不満と向き合い、白陽国王に従うのだという王の意志を宮中できちんと示すことができていれば。
「姉さん…」
かすれた声で青慎がささやいた。その声が夕鈴の意識を今へと引き戻す。
「僕は一人で大丈夫だから…姉さんだけでも逃げて」
「…だめよ」
夕鈴は震える声でしかしきっぱりと首を振った。
「青慎一人をおいてはいかないわ」
冷酷非情な狼陛下。裏切りを決して許さぬという王は自ら軍を率いて戦場を駆け抜ける武王でもある。その狼陛下がこの国の裏切りを知って烈火のごとく怒りたち自ら攻め込んできたのだ。もはや敗戦は決まっていた。
しかし、この国が蹂躙されていく有様をしかし夕鈴がみることはないだろう。父王が行方しれずとなっている今、白陽国王が裏切りの責任をとらせるとしたらそれは王の血を引く夕鈴と青慎に他ならない。
「でも…僕を捕らえたらもう王は姉さんの後を追わないと思う。だから姉さん…」
青慎本人もまだ若い。それなのに姉を気遣う弟に夕鈴は震える手に力を込めた。ほとんどの廷臣たちもいなくなり皆が敵の来襲を前に逃げ出していった。それを恨むつもりもない。恐ろしい狼陛下、白陽国の王はそれほどまでに恐れられ畏怖されているのだ。
だが敗戦とはいえ窓から見下ろした城下に炎があがることはほとんどなかった。すべての抵抗を押しつぶして白陽国王はこの王宮へと向かってきている。それなのに城下に火を放つことはなかった。
それが夕鈴を支えている。白陽国の王はこの国を攻め滅ぼしてしまおうとしているのではないはずだ。それならば白陽国を裏切ったその責任をとることでこの国を許してくれるかもしれない。
そのために夕鈴はこの場に立ち尽くし、白陽国王の訪れをただ待っていた。
いったいなぜこんなことになってしまったのか。再びそう考えて夕鈴は震える唇をかみしめた。
敗戦だというのにこの部屋の周りは驚くほど静かだった。
「…姉さん…!」
震える青慎の声に夕鈴ははっと顔を上げる。広間の入り口で音がした。長い回廊をわたってくる何人もの足音。
夕鈴は唇をかみしめる。最初に現れるのは王の先鋭だろう。縄を打たれて白陽国王の前に引き出されることになるのかもしれない。王女の矜持などもはやない。ただ望むのは弟の助命とこの国の民の助命だった。
大きく開け放ってあった戸口に不意に長身の青年が現れた。手に長剣を携えて部屋の中を鋭い視線で見て取る。そしてためらいなく部屋の中へと踏み込んできた。
「あなたは…誰です」
夕鈴の声は細く震えた。顔に見覚えのないその青年は間違いなく白陽国の人間だった。
青年の背後には何人もの兵士が付き従っていた。その兵士たちが続けて広間の中に入ってきて夕鈴は恐怖をこらえかねて数歩後ずさった。
青年は夕鈴の様子を見て足を止めた。
「…外で待て」
指揮官だろうか。青年が軽く手を振ると兵士たちはそれ以上部屋の中に入ってくることはなかった。
夕鈴は両手を握りしめた。白く腱が浮き出るほどに手には力がこもりぶるぶると震えた。
「あなたは…誰です」
夕鈴は震える声で繰り返した。
「…白陽国王珀黎翔だ」
青年はゆっくりとそう名乗った。よく響く声だった。
「白陽国王…様…?」
夕鈴は呆然と言葉を繰り返した。
戦場の鬼神、冷酷非情と恐れられる白陽国王だったがその王がこんなにも若く、そして自ら敵国の王宮奥深くまで入ってくるとは思わなかった。
「で、人の名前を問う以上自分も名乗るのが礼儀というものだろう」
夕鈴が何者かもう珀黎翔にはわかっているのだろうと思う。なぜ自分の名前を尋ねるのかその理由はわからぬまま夕鈴は震える唇から己の名をささやいた。
「王女夕鈴と申します。こちらは弟の…青慎ですわ」
自分の名前を名乗った夕鈴に珀黎翔は一度目を瞬いた。まっすぐに夕鈴を見つめる。そのまなざしに夕鈴は身動きできなくなった。まるでウサギが狼にねらわれた時のように身がすくんで動けない。
ややあって珀黎翔は手にしていた長剣を鞘へとおさめた。その音に再び夕鈴はびくっと身をふるわせる。
「…王の直系か」
「あの…」
夕鈴は唇を噛んだ。そして珀黎翔の前に膝をつく。
「…姉さん…!」
はっとしたように青慎が声をあげたが夕鈴はかまわなかった。
「私は…この国の王女で長子です。朝貢国でありながら白陽国を裏切るようなことをした件につきましては父王に成り代わり深くお詫び申し上げます」
夕鈴は深く頭を下げた。それを見下ろした珀黎翔は小さく嘆息した。
「王は戦場で行方しれずとなり現在その行方は探させている」
素っ気ないとさえ感じられる口調で珀黎翔は答えた。
「廷臣どもはどうした?。夕鈴」
珀黎翔の前にひざまづいたまま夕鈴は視線を伏せた。
「それぞれ陛下の威光を恐れ、王宮を退いたかと思われます」
「…ふがいない廷臣どもだな」
珀黎翔は冷ややかにつぶやいた。
「子供や女に敗戦の責任を押しつけて大の男たちは逃走したか。…で、夕鈴。お前が残っていた理由は何だ?」
夕鈴は震える手を組んだ。
「朝貢国として白陽国の恩恵を受けながら、裏切りを働いたこと。その責任は私に。ですから…どうか弟は…お許しを、陛下」
「…姉さん…!」
息を飲んだのは夕鈴の背後で呆然と立ち尽くしていた青慎だった。
「まって、待ってください!」
姉の前に青慎は飛び出した。そして夕鈴に習って珀黎翔の前に膝を折る。
「僕は…僕が王太子です、国王陛下」
震える声で青慎は叫んだ。
「父不在の今、今回の責めを負うべきは王太子の僕です。姉を殺さないで!」
「青慎…!」
あわてて夕鈴は傍らの青慎の袖を引いた。
「何を言うの。下がっていなさい」
「だめだ、姉さんこそ…!」
「…麗しい姉弟愛というべきか。弟は廷臣どもと違ってなかなか見所のある王子のようだが…安心するがいい。この国の民を攻め滅ぼすつもりはない。…王女と王子は我が元に下った。二人は別々に白陽国へと連れて行く」
そう言うと珀黎翔はぐいと夕鈴の手を引き立たせた。
夕鈴からは見えなかったが珀黎翔が合図を送ったのか兵士が広間の中に入ってきて青慎を取り囲む。そのまま部屋の外へと連れ出されていった。
「姉さん…姉さん…!」
「青慎…!」
心配そうな青慎の声は兵に取り囲まれ広間から外へと連れ出されてとぎれた。
思わず青慎へと手を伸ばした夕鈴だったがその夕鈴の手首は珀黎翔に捕まれたままだった。珀黎翔は顔をあげ、付き従う男へと命じる。
「徐克右、王子は厳重に護衛を。王子を取り戻そうとする気概のある廷臣はいないようだが万一ということもある」
「かしこまりました、陛下」
徐克右と呼ばれた部隊長らしい男が深々と頭を垂れて珀黎翔の言葉に応じる。
「青慎をどうするの…!」
夕鈴は珀黎翔の腕を振り払おうとした。
「あの子は何も…今回の件には関わっていないわ…!」
「関わっていないというのはお前も同じだろう。夕鈴」
低く珀黎翔がささやく。
「陛下…?」
「しかし、たとえ臣下がしでかしたことであっても責任をとるのは王の役目だ。…王不在の折りは王の血を引く者の務め」
珀黎翔を夕鈴は見あげた。夕鈴を見下ろす珀黎翔の黒く力あるまなざしに打ちひしがれそうになる。だが夕鈴は力を込めて珀黎翔を見つめた。
「それはわかっています…!。だから私が…!」
王の名代として責任をとるつもりだった。だがその言葉をまるで読みとったように珀黎翔はわずかに口元をゆがめた。
「それを判断するのは私だ。…彼女も連れて行け。…丁重にな」
そう言って珀黎翔は夕鈴の手を離した。徐克右が近寄ってくる。珀黎翔はもう振り返らなかった。そのまま広間を出ていってしまう。
「こちらへ。王女殿下」
徐克右は丁寧な口調で夕鈴に話しかける。
「私は…」
「ご安心を、王女殿下」
白陽国の軍人らしい徐克右は意外にも気さくな表情を見せた。
「陛下が丁重にとおっしゃったんですから、いくら白陽国を裏切った国の王女だとしても俺たちがあなたを殺したりなんてしませんよ。…まああなたが陛下に対する暗殺計画の首謀者だったってことなら話も違ってくるでしょうが」
「…陛下に対する暗殺計画?」
思わず夕鈴は繰り返した。
「それって…どういうこと?」
「知らないんですか?」
幾分驚いたように徐克右はつぶやいた。
「いや、知らなくて当然かな?。どこから見てもあなたはそんな殺人に関わりそうもない王女殿下ですからね」
言いながら徐克右は夕鈴を促して歩き出した。
「陛下がお怒りになってこの国に攻め込んできたのは別に朝貢をしなくなったという理由だけじゃないんですよ。陛下に対する暗殺未遂が起こり、そのために白陽国の侍官が亡くなった。その暗殺計画がこの国から指示を受けて行われたのだという証拠をつかみ、これ以上お国の看過するわけにはいかないと王陛下がご決断なさったんですよ」
「そんな…」
夕鈴は首をふった。
「そんなこと…私たちがするはずはないわ」
「そうですね」
幾分気の毒そうに徐克右は夕鈴を見た。回廊には何人もの兵が立っていた。徐克右を見ると一礼する。彼らは白陽国の兵士だった。
「王女殿下の様子を見ていたら、少なくともあなたはその計画を知らなかったんだろうなと思いますよ。だから陛下もあなたや王太子殿下を処刑せず白陽国へと連れて行くことにしたんでしょう」
よかったですね弟君が助かってと徐克右は言った。
「…たすかったんですか?」
「通常敗戦国の王は斬首が習い。まして裏切りによるものであれば。王陛下も王女殿下のなさりように情けをかけられたのでしょう」
「私のやりよう…ですか?」
ええとうなずいて徐克右は付け加えた。
「あなたの先ほどの振る舞いは俺が見ていてもさすがでしたよ」
「先ほどの振る舞い…ですか」
「ええ」
徐克右はうなずく。
「なかなか王に代わって自国の罪の責任をとると王女の身で言うことはできますまい」
「……」
そうそのつもりだった。まさか珀黎翔を暗殺する計画があったとは知らなかったがどのみちとっても敗戦の責任をとりこの国の民を守るために王女として死ぬつもりだった。
「…でも、陛下は私を殺さなかったわ…この国はどうなってしまうの?」
そして夕鈴はどうなるのだろう。
「悪いようにはされないと思いますが」
そう言って徐克右は口を閉ざした。しゃべりすぎたと思ったのかもしれない。
夕鈴は生まれ育った王宮から連れ出されていったのだった。

    *******

珀黎翔は攻め落としたこの国の王宮の中にある貴賓室の一つに陣取って王宮の中の北洋国の拠点としていた。すでに夜は遅い。だがいつまでも白陽国を空けておくわけには行かない珀黎翔としては今日中にこの国を建て直し、将来への道筋をつける準備を進めておかなければならなかった。
それが戦争における勝者の責任というものである。ただ敗戦国を蹂躙し何もかもを奪い尽くすようではこの中興の地で大国として他国の尊敬と畏怖をうけることはできないのだ。
先ほどまでは従軍に伴っていた文官たちを動かし、いくつもの行政の道筋をつけていた珀黎翔だがさすがに夜も遅くなり、警備の兵以外はおおむね引き上げている。文官とその文官を護衛し、この国を押さえるだけの軍を残して明日には珀黎翔は引き上げる予定だった。
ふと珀黎翔は顔を上げた。
「いいぞ」
誰もない空中に向かって珀黎翔はささやく。
「ちょうど誰もいない」
その声とともに先ほどまで珀黎翔しかいなかった貴賓室に不意に黒ずくめの小柄な姿が現れた。その登場の仕方からいっても特殊技能を持つ隠密であることがわかる。
一見子供にも見えるその容姿だがしかしもちろんこの男はただの子供ではなかった。
珀黎翔の即位前から付き従ってきた子飼いの隠密浩大である。白陽国でも一二を争う腕を持つ浩大は今回も珀黎翔に密かに同行して特殊な任務を果たしてきていた。
「隠密の気配を読みとるってことは、陛下、結構思ったより警戒していますね」
そう言って浩大は軽く肩をすくめた。
「この国で今陛下に危害を加えられるような奴なんていないでしょうに」
わずかに珀黎翔は苦笑した。
「いや、そういう意味では警戒はしてない。お前の言うとおり、この国で今私に反旗を翻そうなどという気骨のある者はいないだろうからな」
そう言いながら珀黎翔は書類に署名していた筆を折いた。
「…だがまったく人材がないわけではない。何人か私に対抗し得る者はこの国にもいたのだ」
珀黎翔は低くつぶやいた。
「だからお前の報告を待っていた」
「お探しの李順の件ですよね」
浩大が言う。
「そうだ。…事前に得ていた情報ではおそらくこの男だけがこの国で注意すべき男…と考えている。こいつは文官だが…今回出てこなかった理由がわからん。どこかに潜伏しているのか?」
「いや違うようですよ、陛下」
浩大は肩をすくめてみせた。
「李順は陛下がこの国に攻め込む前に失脚し、王宮を引き下がっています」
珀黎翔は眉をひそめた。
「失脚?。これだけの男が…?信じられないが」
珀黎翔は手元の書類を指先で軽くたたいた。
「今、この国で李順が成し遂げてきた仕事を確認していたがなかなか優れた政治力を持っているな。簡単に失脚するような男とは思えないが」
この国に攻め込む前段階で珀黎翔は情報収集もかなり行っている。どのルートで攻め込むのか、王が倒れた後に指揮をとれる者はいるのか。その時に要注意人物として名前があがってきたのは李順一人だった。
「まあ…仕方がないですよ。孤軍奮闘じゃねえ。…失脚した時期からして陛下の暗殺には李順はかかわっていないようですよ。もしかするとそれを止めようとして失脚したのかも」
浩大の言葉に珀黎翔は考え込んだ。
「白陽国にたてつくなど国を滅ぼす原因となると、目端が利くものならわかるだろう。…この男が情報通りの人材であればその危険性は十分に理解していたはず…こいつについては探索を続けろ」
珀黎翔の命令に浩大はうなずいた。
「承知しました。…見つけだした時には?」
「接触しろ。お前の主が話したがっていると伝えるがいい。それで応じるようなら本当に見込みがある奴だ。その場合は私が秘密裏に会見する」
「それも承知しました。…ところで陛下」
ふと浩大の口調が変わった。
「お姫様の弟はもう白陽国に送っちゃったんですよね」
「相変わらず耳聡いな」
珀黎翔はわずかに口元をゆがめた。
「姉の後ろに隠れているような子供であれば王の代わりに断罪しようと思っていたが、なかなか姉に似て性根の座った子供だ。姉を守ろうとする気持ちもある。白陽国に送り教育を受けさせるよう手配した」
「ふうん」
浩大はにっこりと笑った。先ほどまでの鋭いまなざしが幾分和らぐ。もともと童顔であるので笑顔を浮かべるとずいぶんと人なつっこい表情になった。
「やっぱりな」
浩大の言葉に珀黎翔は視線を浩大へと向けた。
「やっぱり?。何がやっぱりなんだ?」
にこにこと浩大は口を開いた。
「本当に今の陛下をこの国のやくたいもない廷臣どもに見せてやりたいよな。狼陛下と恐れられているのに俺たちが陛下を王に頂いているのは陛下がただ恐ろしいだけの王ではないからなんだって」
あの弟に教育を受けさせるというのはゆくゆく本人が望めば王としてこの国へ戻してやるためでしょうと浩大は言葉を続ける。
「さすが陛下だよな」
「ほめても何も出ないぞ」
あっさりと言って珀黎翔は両手を組んだ。
「まあそれで弟の方はわかりましたが…」
浩大はわずかに口ごもった。珀黎翔は目を瞬いて己の信用する隠密へと視線を向けた。
「何だ?。まだ何かあるのか?」
昔からの主従である。王と仕える隠密という関係を越えて遠慮のない物言いをする浩大にしては珍しく言いよどむその口調に珀黎翔は訝しげな表情を見せた。
「あのお姫様、夕鈴ちゃんはどうするんですか?」
こんどもまたためらわずに珀黎翔は答えた。
「連れ戻って妃にする」
「はああ…!」
驚きを隠しもせずに浩大は声をあげた。そしてさすがにあわてた様子で耳を澄まし、外から誰も飛び込んでこないことを確認する。
「…何を素っ頓狂な声を出しているんだ。別に驚くことではないだろう」
敗戦国の王女が勝者の妃として連れ去られるのは確かにこの中興の国の間では珍しいことではない。
「いや、しかし…」
浩大は口ごもった。幾分不思議そうな色を浮かべて浩大は己の主を見上げた。
「でもどうして?。この国じゃ王女に王位継承権はない。あの弟を押さえれば王女はこの国に残してあげてもいいんじゃないですか?」
陛下は怖い人だとは思うけれど理不尽なことはしないでしょう。本当はどうするつもりですと浩大は尋ねた。
「さすがに…お前はよく私のことがわかっているな」
苦笑して珀黎翔は両手を組み替えた。
「別に本当に妃にするわけじゃない…この国にいては彼女は危険だ」
「ふうん」
再び浩大は笑みを浮かべた。
「本当に陛下って優しいよな。…彼女、なかなかいい子ですよね。陛下があの場所にやってくるまで夕鈴ちゃんが殺されないようにって俺は陛下のご命令通り先に行ってずっと陰から見ていたけれど、守られてきたお姫様とは思えないほどしっかりしていたよ。陛下が気に入りそうだなって思っていたんだ」
浩大の言葉の含みに気づかない珀黎翔ではなかった。
「だから、本当に妃にするつもりはないと言っている」
珀黎翔は肩をすくめた。
「本当かな。まあ、いいや。…でもそれって陛下の立場が悪くなるよね。朝貢国の王女をさらって後宮に閉じこめ妃にしたなんてさ。裏の事情なんて白陽国の宮中の奴らには関係ないだろうし。何より陛下がこの国によって暗殺されかけたとなれば夕鈴ちゃんの立場が悪くなる。一つ間違うと…責任をとらされて処刑…?」
「そのつもりはない」
珀黎翔はきっぱりと答えた。
「それに彼女に手をつけるつもりもない。私はやるべきことが山積みだからな。彼女は後宮でかくまう。…あの弟が王となり自国へ戻る日がくれば彼女を戻す。…まあそれぐらいはしてやるべきだろう。少なくとも…あの子の国を滅ぼしたのは私だからな」
「陛下でなかったらあの国は戦禍を受けて壊滅していましたよ」
浩大は肩をすくめた。
「略奪を許さず、一息に国の奥深くまで分け入って王宮を押さえた。しかも…今陛下が決済していたのは」
浩大は机の上の書類に顎をしゃくってみせた。
「この国のために行政を整えてやろうとしていたでしょう。礼を言われても恨まれる筋合いはないと思いますが」
「それは勝者の議論だからな。…まあいい。明日には王都に戻るがお前は引き続きこの国に残り李順の探索を。状況が変わった場合はまた新たな命を下す」
「承知しました」
そう答えて浩大は再びふっと姿を消したのだった。



「闇の中の星」2013,8,10夏コミ発行
珀黎翔×汀夕鈴

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