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「時を渡り空に歌う」2914,6,22東京コミックシティ発行
珀黎翔×汀夕鈴
平和な白陽国王宮に不意に襲撃者が現れる
次々と殺されていく人々
夕鈴を連れて脱出を果たす浩大、安否の分からぬ珀黎翔や李順
いったい敵の正体は、そして夕鈴たちは…

時をわたり空に歌う
   *****

不意に悲鳴がわき起こった。
夕鈴は顔をあげる。ここは大国白陽国の王宮だった。夕鈴は女官たちに付き添われこの国の王珀黎翔の居間へと向かう途中だったのだ。
「なんでございましょうか」
夕鈴を守っていた女官たちも不安そうに互いの顔を見合わせる。
現在白陽国は穏やかな平和のうちにありこのような悲鳴が王宮で聞こえることなど絶えてない。
また声が聞こえた。
今度は大声だった。男たちの叫び声だった。そしてその内容までも聞き取れた。
「捕らえろ!」
「狂信者だ!。それ以上回廊を進ませるな!」
「警備兵!矢だ!矢を射かけよ!」
何人もの怒号が錯綜する。
息を飲んだのは夕鈴を取り囲んでいた女官たちだった。
「お妃様…!」
「戻りましょう!。後宮にお戻りを」
先に立って逃げ出さず主である夕鈴を守ろうするあたりさすがに後宮で夕鈴の側近く仕えるようにと選び抜かれた女官たちである。
「待って…!」
夕鈴は首を振った。
この先に珀黎翔がいる。あの声、剣を打ち合う響きではないのか。
いったい何が起こっているのか。
午前の執務が終わり一度後宮に戻って食事を済ませ、再び午後の珀黎翔の執務の前に少しでも珀黎翔の疲れを癒したくて王の居間へと行こうとしていたのだ。
「陛下…!」
夕鈴は女官の間をすり抜けて回廊の先へと向かおうとした。美しい妃の衣装が翻る。
「いけません、お妃様!」
女官たちがあわてて夕鈴を引きとめようとする。
「離して!、陛下…!」
夕鈴は女官の手を振りきろうとした。
あの音は何。
珀黎翔は無事なのか。
あの怒号。夕鈴は女官の手を振り切った。音が聞こえてくる方へとかけだそうとする。
だがそれは果たせなかった。
「だめだよ!」
不意に声が聞こえる。
先ほどまで姿の見えなかった回廊に不意に目立たない服を身にまとった浩大の姿が現れた。
夕鈴の前に立ちふさがった。
「危ないです…!お妃様!」
「何者ですか…!」
再び女官たちが悲鳴をあげる。もっとも珀黎翔に選ばれた女官たちだ。
「お下がりください、お妃様…!」
気丈に夕鈴を取り囲み、女官たちは手に手に懐剣を抜き放って突如現れた浩大から夕鈴を守ろうとする。
はっと夕鈴は顔を上げた。
「大丈夫よ!浩大なの…!」
「俺は味方だ、安心して」
浩大はまず女官たちを落ち着かせるように声をかけた。目に見えて女官たちの緊張が緩んだがそれだけにあたりの喧騒がいっそう響いてきた。何か大きな物音がした。打ち壊すような音だ。
夕鈴の行く手を阻んだ浩大が一度気遣わしげに回廊の先を振り返る。
「浩大…!」
夕鈴は相手の名を呼んだ。浩大は顔を上げるとまっすぐに夕鈴を見た。
「お妃ちゃん!戻るんだ!」
「浩大…!、でも…!」
さっきの声は何。
あんな叫びは聞いたことがなかった。白陽国が代替わりの内乱で乱れていた折りは夕鈴は王宮にはいなかった。
後宮に妃として上がってから暗殺者に襲われたことはあったけれどこんな叫びを聞くことはなかったのだ。
「だめだよ!」
浩大は首を振る。
そして夕鈴を取り囲んでいる女官たちへと視線を向けた。
「お妃ちゃんを後宮に頼む!このまままっすぐ戻れ!後宮までの回廊はまだ安全だ」
「は…はい!」
普段は女官たちの前には姿を見せない隠密である。だが夕鈴が浩大の名前を呼んだこと、そしてその場を取り仕切りなすべき行動を指示する浩大の鋭い口調に、女官たちは浩大が本当に味方であること、そしてその言葉に従うべきなのだと知ってその言葉にうなずいた。
「でも浩大…!」
夕鈴はその言葉に抗った。
「陛下は…!あの声は陛下のいらっしゃる方だわ…!」
また気遣わしげに浩大は振り返り回廊の先をのぞいた。
「お妃ちゃん、頼むよ!」
浩大はうめいた。
「この先は危険だ…!後宮に戻っていて」
「でも陛下は…!」
「俺が…陛下の様子を見に行くから…お妃ちゃんは…」
その浩大の言葉が途中でとぎれた。
夕鈴の腕をつかむとそのまま女官たちの間に紛れ込む。
「浩大…?」
再び回廊へ男が一人飛び降りてくる。
いや飛び降りてきたのではなく転がり落ちてきたのだ。
体が回廊を打つ鈍い音が響いた。女官たちが一斉に悲鳴を上げた。
その男の服は血にまみれていた。
続けて飛び降りてきたのは見知らぬ男だった。賊だった。そちらは夕鈴が見慣れぬ服装だ。
男はあたりを見回した。
「女官どもか…!」
ぎらぎらと目を光らせて賊は歯の間から言葉を吐き出した。
闘えない女官たちばかりだと見て取ったのか。
賊はまずは転がり落ちてきた男へと駆け寄った。
二番目に現れた賊が倒れている男にとどめを刺そうと手にしていた小刀を振りかざす。
だがとどめは刺せなかった。
「させるかよ!」
言葉とともに浩大の手が翻る。
女官の間から飛び出した浩大の手から真っ直ぐに飛んだ小刀は、倒れた男に今まさにとどめを刺そうとした見知らぬ賊の胸に深々と突き刺さった。男が声も出さずに回廊の上に倒れ込む。
浩大は二人の方へと駆け寄った。
先に落ちてきた男は倒れたまま動かない。その体を抱き起こす。
「…浩大…殿…!」
かすれた声でうめくように男が言う。
はっと女官たちは凍りついた。浩大の名を呼んだということはこの最初の男は王宮の警備を担当している隠密かあるいは警備兵であると悟ったのだ。
「どうした!。敵にやられたのか!」
浩大は懐から小瓶を取り出した。
男の口元にしたたらせる。それは気付け薬だったのか。男は目を瞬いた。
「敵…が…」
「ああ。わかっている」
夕鈴は回廊に立ち尽くしていた。
夕鈴を取り巻く女官たちもまた声もなく動けないまま男と浩大の会話を聞いていた。
「突然敵が現れて…」
男は再び咳き込んだ。
まるで水が喉に絡んだような咳き込みだった。不意にその口の端から赤い血が滴った。
「気をしっかり持て!」
浩大はもう一度薬を口へと垂らした。
「…浩大…殿…」
「お前、陛下の側付きの隠密だったな。陛下は…!」
鋭く浩大が問いただす。
二度薬を与えられて幾分回復した様子で男は唇をわななかせた。
「分かりません…私が気がついた時にはもう…剣を振るって戦っていらした」
男は震える手で浩大をつかんだ。
「陛下から…ご伝言が…!お妃様を…守れと…」
そこまでささやき男は口元からごぼっと赤い血を吐いた。
そして手が回廊に落ち動かなくなった。
再び女官たちが悲鳴を上げる。
浩大は口元を引き締めた。
男を回廊に横たえると浩大はすっくと立ち上がった。その目立たない色の服には抱きかかえた男の血がべったりとついていた。
浩大は夕鈴の元へと駆け戻ってきた。
「浩大…」
夕鈴の言葉に浩大は答えなかった。
女官の間をかき分けるように分けいって夕鈴の腕を捕らえた。
「戻ろう、お妃ちゃん!」
「浩大…!」
それはだめだ。
珀黎翔が襲われているのに。それなのに夕鈴に安全な後宮へ戻れというのか。
だが考えている間はなかった。
「ここに女官がいるぞ…!」
不意に回廊の向かい側に下男の服装をした男たちが現れる。
だが彼らが味方でないことはその手に小刀が抜き放たれていることでわかった。
「殺せ!。宗主の敵は全部殺せ!」
誰かが声を上げる。
「…っ!」
女官の一人がかすれた悲鳴をあげた。逃げなければ。だが逃げることもできない。
黙り込んだまま男たちが近寄ってくる。
女官が悲鳴をあげることさえできずに回廊の上に崩れ落ちた。
恐怖のあまり立っていられなくなったのだ。
だが浩大が前にでた。
こちらも無言だった。
浩大は襲いかかってきた男たちの間に飛び込む。
「浩大…!」
夕鈴はかすれた声で叫んだ。
浩大が優れた隠密であることはわかっている。だが大丈夫だろうか。
「大丈夫だよ!そこにいて!」
浩大が夕鈴に言葉を投げる。
「すぐこいつらを片付けるから」
勝負は一瞬で決着した。
浩大の手に魔法のように黒い鞭が現れる。そして翻った。空を切る鋭い音。
まるで踊りを見ているかのようにその鞭が空を舞い、刀と同じ鋭さで男たちをなぎ倒す。
血しぶきが飛んだ。うめき声とともに男たちは倒れこみ動かなくなった。
「浩大…」
夕鈴は女官たちの間を抜けて浩大の元へと駆け寄った。
その足もとに転がっている男たちは動かない。
それを見ないようにして夕鈴は浩大の手をつかんだ。
「大丈夫…!、浩大!」
いつも笑顔で笑っていた。浩大が戦う場面をこんな間近で夕鈴は見たことはない。
それでも浩大が白陽国では一番二番というほど優れた隠密なのだと李順や珀黎翔から聞いていた。その通りだった。
「俺は大丈夫だよ、お妃ちゃん。…でも」
浩大はあたりを見回した。
小さく口笛を吹く。だがそれに応じる声はなかった。
「こんなときに…」
浩大はうめいた。
「このあたりに警備兵も隠密もいない…!。何か…方法はないのか…」
浩大は唇をかみ締めた。争う物音が近づいてくる。すぐにも敵が現れるかもしれない。浩大は顔をあげる。
「女官!。自分たちで後宮へ戻れるか!」
浩大は夕鈴の手をつかんだまま鋭く言う。
「は…はい…!」
震えていた女官たちだがさすがに後宮のために選ばれた女たちである。
気丈に女官たちはうなずいた。
「この状況じゃあんたたちを守るために護衛兵を呼ぶわけにはいかない」
浩大は物音がする方へと視線を向ける。そしてそのままぐるりとあたりを見回した。
その浩大の様子にようやく夕鈴は怒号や叫びが今行こうとしていた前方からだけではなく自分たちを取り囲む周り中から起こっていることに気がついた。


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