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「小さな贈り物」初期再録集3(10、27発行予定)に再録(初出は2011,6,26東京コミックシティ発行
珀黎翔×汀夕鈴
弟の学問所の先生に
贈り物を用意する夕鈴
いつもお世話になっている上司(実は珀黎翔)には
送らないのと弟に尋ねられ・・・
*******
ここは白陽国。すでに初夏を過ぎ、夏の声が聞こえてくる季節となった。窓の外からは暑い風が吹き込んできているのだが、王宮内は広い庭先には木々が植えられ、小さな水の流れもあり部屋の中にいると外の暑さが嘘のようである。それでも少しでも涼をとろうと大きくあけはなった窓からは虫の音、小川のせせらぎが聞こえてくる。
白陽国は王が代替わりしたばかり。新たに王に立ったのは珀黎翔だ。
珀黎翔は代替わりのいざこざ、麻のように乱れた国内を強い意志を持って統率し国に平和を導いた賢王である。だが、粛正をためらわず自ら軍を率いて制圧する姿は冷酷非情、戦場の鬼神と恐れられ、やがては狼陛下との二つ名で呼ばれるようになった。
ここ後宮にはその狼陛下のたった一人の妃、寵愛をほしいままにする少女がいる。
「白陽国の国王といえば文武両道に優れた王と諸外国にも知れ渡っています。その狼陛下の妃がこんなに詩句にうといとは残念な話です」
嫌みたっぷりな口調で言ったのは珀黎翔の第一の側近である李順だった。
小机の上にぐったりとうつ伏せているのは汀夕鈴である。きれいに整えられた髪には珀黎翔が贈ったという髪飾りが挿され、長く裾を引く衣装は見事な仕立てのものだ。幾重にも重ねられた着物がしかし暑さを持ち主に感じさせないのは生地から吟味して仕立てられているからである。
「……それがわかっていて雇ったのはそちらなのでは?」
ぼそぼそと夕鈴はつぶやいた。
「は?。よく聞こえませんが?」
いや、聞こえているだろう。だがそう李順に聞き返されて答えられるほど夕鈴の神経は図太くない。
「すみません。何でもありません」
「けっこう。ではもう一度最初から」
李順はぴしっと机をたたいた。
本来なら王の第一の側近であるとはいえ李順が王の最愛の妃が住む後宮に入り、さらにびしばしと詩句の指導をするなどとあり得ないことである。それができているのはある特別な事情のためだった。
夕鈴は本当のお妃ではない。平和になった白陽国で、王の関心を得、さらには王を後宮から操ろうと次々と持ち込まれる縁談を退けるために雇われた臨時花嫁である。
そして李順はそのバイトの上司だった。次々と入れ替えるはずだった臨時花嫁は、表向き夕鈴が壊した宮中の備品の借金返済のため、そして裏向きは珀黎翔が夕鈴を気に入ったということが理由で思ったより長く続いている。
「でも、どうしてこんな詩の勉強を?」
「教養ある女性が妃だということは陛下の評価を高めるんですよ」
李順はきっぱりと答え、夕鈴が再び筆をとって紙にさらさらと詩を書き付けていくのを見守った。
見本の通りに書き上げて、さらに詩の内容について李順の質問に答える。やがて満足した様子で李順はうなずいた。
「いいでしょう」
見本に用意してあった詩の紙をくるくると巻き上げる。この見本は李順が用意したものだった。
「よくがんばりました」
李順はめったに夕鈴をほめないが、今回こう言ってくれるというのはやっぱり漢詩の授業が詰め込み式で難しかったのだと認めているのだろう。
「大変でしたけれど。おもしろかったです。見たことがなかったのでありがとうございました」
夕鈴は礼を言った。李順が視線を夕鈴へと向けたのでうなずいて言葉を続ける。
「この詩、李白のものですよね。やっぱり素敵です」
李順はゆっくりと眼鏡を押し上げた。
「……よくご存じでしたね。これは最近発見されて学者たちの間で話題になっている詩なんです。陛下のもとに写しが届けられていましてそれを勉強していだいたわけです。それにしても……あなたは下町の娘にしては教養があるので助かっていますが、何で知っているんですか?」
確かに下町の娘がこの詩の作者を言い当て、さらにあまり知られていない詩だということを理解しているのでは李順が疑問に思うのも無理はない。
「弟がけっこういい学問所にかよっているので」
「ああ」
納得したというように李順はうなずいた。
「出来がよくてかわいい弟さん……でしたか」
「ええ!、そうなんです!」
弟の話になると夕鈴は思わず身を乗り出してしまう。
自慢の弟なのだ。その弟の学資のたしにしようと思ってこのバイトを引き受けたのがそもそもの始まりだった。
「でしたらこの詩は弟さんに見せていただいても大丈夫ですよ。勉強になるでしょうし、弟さんから市井の学者に伝わるのもいいでしょう」
「いいんですか!」
夕鈴はわくわくして聞いた。李順は苦笑してうなずいた。
「もちろんこの見本の方はだめですが、あなたが勉強のために写された方はかまいません。陛下は貴重な詩句を宮中で独占することはよしとされていませんから」
「ありがとうございます」
うなずきながら夕鈴は珀黎翔が文化面にも着手していることに気づいた。
「ああ。もしかして陛下がここのところ忙しかった治水関係が一段落したんですね」
一瞬間があいたように感じられたが、気のせいだったのかもしれない。李順はにこやかに訪ねた。
「どうしてそう思いました?、夕鈴殿」
「だってずっと陛下がここのところ後宮に来られなかったじゃないですか。でも、私にこの詩句を勉強させたってことはきっと慰労のための宴が開かれるってことですよね。それも土木関係の資材を調達するのに力を尽くした貴族を招いたりして」
「さすがよくわかっているな、我が妃は」
不意にすずやかな声が聞こえてきて夕鈴はどきんと胸を高鳴らせがら振り返った。
「……陛下」
後宮の夕鈴の居間の入り口に立っていたのは珀黎翔だった。この国の絶対君主であり、狼陛下と恐れられる王である。執務が終わって夕鈴の顔を見に来たといった様子である。王の執務服がよく映える。腰に携えた実用的な長剣が珀黎翔が狼陛下の名を持つにいたった噂を忍ばせるものだった。
「女官たちは……?。陛下をご案内してこなかったのですか?」
李順がわずかに眉を寄せる。
「いや、そこまで先導されたが、人払いした」
室内に足を踏み入れた珀黎翔に夕鈴の側を譲り、李順は扉の近くへ座を移す。それは珀黎翔と夕鈴の会話を盗み聞く隠密が忍びいっていないか警戒するためだった。
「お疲れさま、夕鈴」
不意に珀黎翔の気配が変わる。あのふわりと笑う優しい顔。恐れられる狼陛下を演じ、国を守ろうとしているのだという珀黎翔の中に普段は隠されてる小犬陛下の姿だった。
「李順にずいぶん絞られたみたいだね」
「そうでもないです。いろいろ勉強になりました」
「李順は厳しいからな。これで官僚登用試験は一位通過の実力の持ち主だからね」
「え……えええ!」
思わずそう叫んでしまい、夕鈴ははっとした。
「あなた……相変わらず失礼ですね」
凍り付くような声を発したのは李順である。
「私が登用試験一位なのがそんなに珍しいですか」
「いえ、あの……李順さんってそういう試験を受けないで今の役職についているんじゃないんですか?。官僚じゃないし」
「まあ……李順は受けてみたかったんだろうな。誰にもなにもいわせないだけの実力を持っているとね」
珀黎翔が笑いながら椅子に腰を下ろした。夕鈴はいつもながら珀黎翔のためにお茶を入れ始める。自分の王宮内にあってさえ、お茶に毒が盛られることさえある珀黎翔にとって夕鈴とのお茶のひとときは密かな楽しみと化しているらしい。にこにことほほえみながら夕鈴がお茶を入れるのを眺めている。
「ああ、でも納得しました。すごく李順さんって教え方うまいです。スパルタですけれど」
「そうだろうな。……まあ宴はもう少し後ということになるだろうから、のんびりと進めてくれればいい」
「……宴が後……?」
幾分疑問の口調で李順がつぶやいた。だがそれ以上李順はなにも言わず、珀黎翔もそれだけで話題を変えた。
「あの詩は発見されて別に秘密にしているわけじゃないんだが、学問所の師たちは奥州まで行く時間がなかなかとれないだろうからな。王宮でも公開はしているのだが、なかなか公文書館の敷居が高いようだ」
「先ほど李順さんからこの詩を弟に持っていってもいいって言っていただいたんです」
「いいよ」
あっさりと珀黎翔もうなずいた。
「青慎くんだったよね。あの子はよくがんばっているし、未来の義兄からプレゼント」
「……っ!。それ!、笑うところじゃないですから!。空気読んでくださいよ!。李順さんだっているんですよ!」
夕鈴は青ざめたが李順は肩をすくめた。
「まあ、陛下のおたわむれはそれぐらいにしていただいて」
「戯れじゃないのに……」
珀黎翔は残念そうにつぶやいたが李順は応じずに首を傾げた。
「陛下、宴はどのぐらい延びそうなんですか?」
「うーん」
珀黎翔は考え込む。
「盛夏の盛り……?」
「それはまた……」
李順が深刻そうな表情になる。
「宴が延びるんですか?」
どうしてそれがそんなに深刻な表情に結びつくのだろう。もしかするとまた珀黎翔に対する暗殺計画でも突き止めたのだろうか。
「ああ、そんな心配そうな顔をしないで」
珀黎翔はあっさりと夕鈴の不安を打ち砕いた。
「李順の心配は夕鈴の衣装のことなんだから」
「私の……衣装?」
夕鈴は首を傾げる。
「……そうですね。夕鈴殿の正装となると、盛夏のものはなかったかと思いますので新調することになるかと……それは本当に困りました」
李順は片手でこめかみを押さえた。
「いろいろ緊縮財政で行きたいところなのに」
「あ、私は今ある服でかまわないんですけれど?」
夕鈴は珀黎翔と李順を等分にみた。
「盛夏といっても後宮の中は涼しいですし、大丈夫です」
「そういう訳にもいかないと思いますが……まあそれについては後で仕立て職人と打ち合わせしておきますよ」
言いおいて李順はちらりと珀黎翔へ視線を向けた。
「お茶を飲んでくつろがれたら、仕事が待っていますよ、陛下」
「わかっている。もとからそのつもりだったからな」
不意に珀黎翔の口調が変わり、夕鈴はどきんとする。怖くてでも引きつけられずにはいられない狼陛下の口調だった。
「では我が妃よ。また夜にあおう。……来れたらということになるだろうが」
「はい。お越しをお待ちしております」
夕鈴は深く頭を下げた。珀黎翔が李順とともに部屋を出ていくのを見送る。そして二人の姿が見えなくなって思わずため息をもらした。
「どうして狼陛下になっているのにどきどきするのかしら」
つぶやいたその声を聞く者は他にいなかったのである。
「小さな贈り物」初期再録集3に再録(初出は2011,6,26東京コミックシティ発行
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