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「天女の羽衣」初期再録集4に再録(初出は2012,1,8インテックス発行
珀黎翔×汀夕鈴
実家に里帰りした夕鈴が持って帰った美しい白の布
母から譲られたその布に珀黎翔は目をとめる
異国の名産であるその布は滅多に外には出ない名品だった
この布を持っていた夕鈴の素性に疑いを持った珀黎翔は・・・
天女の羽衣
   *****
「ずいぶんと美しいな」
ここは白陽国後宮。白陽国は前王から代替わりした若き王珀黎翔が治める国である。女官の先導で後宮の夕鈴の居間に入ってきた珀黎翔は、居間の小卓の上に広げられた白いきれいな縁取りのある布に目を細めた。
「ありがとうございます、陛下」
そう答えながら夕鈴は顔を赤らめた。珀黎翔の言葉が小卓の上に広げられている布を指しているのはわかっていたがそれでも珀黎翔に美しいと言われるだけで顔が赤くなるのを止められなかった。珀黎翔の合図で先導してきた女官は音もなく退出していく。珀黎翔の背後に黙ったまま控えていた李順は女官が出て行くと目を瞬いた。
「それがご実家に取りに行くといっていた布ですか?」
「そうなんです。あ、どうぞ椅子に座ってください」
答えながら夕鈴は珀黎翔と李順に椅子をすすめた。
本来珀黎翔のたった一人の妃である夕鈴の居間で珀黎翔の第一の腹心とはいえ李順が椅子に座るというのは不敬以外の何者でもない。だが珀黎翔も夕鈴の言葉に特に異議を差し挟まなかった。
差し挟まないのも道理である。夕鈴は本物の妃ではない。貴族の外戚ができることを嫌った珀黎翔は、己に持ち込まれる縁談を断るため臨時花嫁として夕鈴を雇い入れたのだ。夕鈴にとって李順は直接の上司ということになる。裏向きには上司だが、表向きでも貴族の後ろ盾のない夕鈴の後見としてお妃教育を施しているのも李順である。珀黎翔とともに後宮に李順がやってきても許されるのはその表向きの顔があるからだった。
「それは領巾(ひれ)ですね。なかなか美しいつくりです」
領巾(ひれ)あるいは羽衣(はごろも)とも言う。貴人の女性が衣装の上から身にまとう布で、呪いを払う呪具でもあった。
「ありがとうございます。母がしまっていた布でお嫁入りの時に持って行くようにと言われたんです。なにに使うのかこのバイトをするまで知らなかったんですが。ええ、たぶんこれは羽衣なんだと思います」
夕鈴の言葉に微笑みかけたのは珀黎翔だった。
「お嫁入りの時か…そうだね。ようやく夕鈴も僕のところにお嫁入りにくる決心がついたんだ?。うれしいな」
「それ、違いますから!」
夕鈴は赤くなった顔をますます紅潮させた。
「それにもう臨時花嫁ですし!。…これは実家においておくと虫がつくとまずいと思って、虫干ししたらまた実家に持って帰る予定です」
「いや、ここで働いている間は後宮においておいたらいいと思うよ?。お母さんからもらった大事な布でしょう?」
珀黎翔の言葉に李順もうなずいている。
「それは…そうさせていただけるとありがたいですけれど…」
夕鈴は口ごもった。臨時花嫁だから後宮に夕鈴の私物は驚くほど少ない。衣装等はすべて仕事上必要な妃の正装なので全支給である。
この羽衣は完全に夕鈴の私物なので、後宮においておくのは気が引けた。
「大丈夫。夕鈴の箪笥にいれておけばいいよ。でも本当にきれいだな。ちょっと見せてもらってもいい?」
珀黎翔の言葉に夕鈴はうなずいた。
「ええ、どうぞ」
差し出された布を手に取り、珀黎翔はじっくりと眺める。確かに見事な羽衣だった。白の絹地に高価な染料で染めたのか、うっすらと紅が入っている。しかも目立たない同系色の糸で刺繍が施されていて、きらびやかな中にも清楚さを兼ね備えていた。
「すばらしい品だ。李順も見てごらんよ」
狼陛下ではなく小犬陛下の表情で珀黎翔は李順を招いた。李順は眼鏡を押し上げる。
「拝見します」
身を乗り出し、李順もじっくりと羽衣を眺める。
「いや、すばらしい品です。夕鈴殿、これは大切にされたほうがいいですよ」
「はい。ありがとうございます」
夕鈴はうなずいた。母ゆかりの品をほめられるのは素直にうれしい。
「はい。見せてくれてありがとう」
にっこりと笑って珀黎翔は夕鈴に羽衣を返した。
「ほめていただけてうれしいです」
受け取った夕鈴は再び小卓の上に羽衣を広げる。
「それではここしばらくの予定の確認をさせていただいてもよろしいですか」
李順の言葉に夕鈴は姿勢を正す。
「はい。お願いします」
珀黎翔の臨時花嫁として後宮に仕える夕鈴は意外と多忙だった。本来は珀黎翔に対する縁談除けのための臨時花嫁だったが、ただ後宮で笑っていればいいという世界ではなくなりつつある。正妃ではないにしても妃としての公式行事はいろいろあり、夕鈴は珀黎翔とともに公式行事に参列したり、後宮で開かなければならない宴を取り仕切ったりもしていたのだ。
「無事に新年の宴を乗り切りましたが、まだまだ年の始めにはいろいろな行事がありますから。心して職務に励んでください」
「はい!。がんばります!」
夕鈴は元気に答えた。
「いい返事です。では…」
李順が手元の書簡を開く。夕鈴は後宮の妃としては例外的に王宮の執務室にも伺候しているので王宮で説明を受けることもあるが、なんと言っても臨時花嫁。国家機密の一つである。細かい説明が必要な仕事は後宮で説明されることが多い。
李順の言葉に夕鈴は真面目な表情で聞き入っていた。

   ******

昼間に後宮を訪れるのは比較的珍しいことだ。ここのところ国内が安定し、珀黎翔の激務もいささか和らいでいたためである。また夜やってくるからと言い残して、珀黎翔は後宮を後にした。王宮へ戻るための回廊を李順を伴って歩き出す。
ややあって珀黎翔は立ち止まった。
「…夕鈴の実家は下級役人…ということだったな」
考え込むような珀黎翔の言葉に同じく足を止めた李順はうなずいた。
「はい。そのように聞き及んでおりますが」
李順の方は珀黎翔とは違い声に緊張感が漂っていた。
「ふうん。気づいたか」
珀黎翔は李順の方を振り返る。
「はい」
李順は眼鏡を押し上げた。
「あの布はふつうの下級役人の妻に手に入るような品ではございません」
「絹だな。異国伝来のもの。それにあの特徴的な刺繍は…」
「シン国原産のものと思われますが…しかしシン国でもあれほどの品がたやすく国外に流出するとは思えません」
「……」
珀黎翔は考え込んだ。ひれ、あるいは羽衣と称せられるその布は貴人のみが身にまとうものだ。美しい絹の輝き、見事な染色技術、手の込んだ縫い取り。どれもがその品が何らかのいわく付きのものであることを物語っている。
「夕鈴の実家、あるいは…」
珀黎翔はわずかにためらった。
「夕鈴の出自を確かめる必要があるな。すでに母親がなくなっているとなれば直接確かめることは難しいだろうが」
「かしこまりました」
「夕鈴の実家に波風立てないように最大限配慮しろ。国外となると浩大を使った方がいいかもしれないが」
珀黎翔が口にだした浩大は、大変有能な隠密だった。珀黎翔に昔から仕えている。即位前から一年の長きに渡り諸外国の調査に向かわせていた子飼いの部下の一人だ。夕鈴を後宮に迎えた後、たった一人の妃に差し向けられる暗殺の手から夕鈴を守るために珀黎翔は呼び戻したのだ。密かに浩大は夕鈴の護衛についている。
「もしかするとお願いすることになるかもしれませんが、一応浩大は夕鈴殿の護衛を優先した方がいいでしょう」
李順の言葉に珀黎翔はうなずいた。
そして二人は何事もなかったように歩き出したのである。

     ******

病に倒れたシン国王の枕元には王に仕える主だった臣下が集まっていた。
シン国王は壮健といってもいい年齢の王である。まだ代替わりするのはいささか早いが病に犯され現在は病床で身を休めている。正妃はいるが子をなさず、もしもこのまま崩御ということになると遠縁の王族が国を継ぐことになるかと言われている。今、王の枕元に頭を連ねているのは王派の貴族たちで、全員がある吉報をずっと待っていた。
「陛下!、早馬の使いが戻って参りました」
扉の外で控えていた侍従が入ってくる。その早馬が戻ってくると最優先で知らせるようにと命じられていた。
「すぐにこの場へ」
王の側に付き従う貴族が声を上げる。早馬で急ぎ戻ってきた使者は王の前に膝をついた。
「かの白陽国にて密かに調査した結果を申し上げます。すでにその女性は亡くなっておりましたが、娘と息子がおられます。娘の方は年齢から考えても王のお子であることは間違いないかと」
「なんと!」
色めき立ったのは貴族たちだった。
「して王女陛下はどちらに」
「ご自分の出自をご存じなく、聞き込みをしたところ白陽国王宮に下女として仕えているとか」
「なんとお気の毒なことだ」
「ただちに迎えを」
「王宮に正式に使者を立て、我が国に迎えることにしましょう」
「まて」
シン王は寝台から身を起こした。
「娘であるならば母より羽衣を受けついているはず。やむなく別れた時にもしも腹の子が無事生まれたならばこれをと、羽衣を託した」
「ではそちらを証拠として審議を確かめましょう。もちろん顔を拝見すれば…」
「母に似ているのなら、愛くるしい娘となっておろう。私に似ているのなら使者とたった者にもすぐわかろうが。なんとしても我が国に迎えよ」
シン王が娘を迎えるよう急ぐのはもちろん意味があった。大事な娘は王を継ぐものであり、国を安定して継続していくために必要な存在であると同時に、現国王の反対派にとっては邪魔な存在になる。あるいはどこかに隠し子がいるのではないかと思われていた娘が本当に存在するとなれば暗殺者が差し向けられてもおかしくはない。
「では早急に白陽国に使者を。だが、事は秘密裏に運ぶように」
そうシン王は命じたのだった。

    ******

白陽国王宮。すでに外は夜となっていたが、自ら親政する珀黎翔の夜は遅い。すでに官僚たちは引き上げているが、珀黎翔は王宮の執務室で書類の決済を続けていた。もちろん腹心である李順も同席している。
「この書類は差し戻せ。決済に必要な情報が足りない」
そう言いながら李順に目を通していた書類を渡し、ふっと珀黎翔は顔を上げた。
「…誰だ」
「俺」
答えてふいっと姿を表したのは隠密の浩大である。
「どうした?」
珀黎翔の問いに先に応じたのは李順だった。
「申し訳ありません、陛下。やはり浩大にも夕鈴殿の調査を手伝ってもらうことにしました」
李順の使える手駒は限られている。夕鈴の正体は極秘なのだ。もちろん市井の娘が国王の寵姫にというのは伏せておきたい秘密だが、それよりも夕鈴が実は臨時花嫁であるということに気づかれないように調査させるのはさすがに隠密も人選しなければ命じられない。
そして一番に報告に現れた浩大はやはり有能だと自称するだけのことはあった。
「それはかまわない」
答えて珀黎翔は浩大へと視線を戻した。
「その件か?」
「そ。お妃ちゃんの調査。報告にきたよ」
そして浩大はわずかに声のトーンを落とした。
「ちょーと面倒なことになるかもしれね」
「…」
珀黎翔は黙ったまま書類を押しやった。
「聞こう」
李順はわずかに場所を移動した。入り口に近い位置に陣取る。もちろんそれは誰かが忍び行って浩大の報告を盗み聞きすることがないようにと考えてのことだ。
「それで」
珀黎翔が促す。
「お妃ちゃん…どうも汀家の人じゃないみたいなんだよね」
「…どういうことだ」
珀黎翔は目を瞬いた
「つまり…」
浩大が聞き込みをしところによると、生き生きとした愛らしい表情で人気者だった夕鈴の母が結婚した時期と、夕鈴が生まれた時期にはちょっとずれがあるという。
「もしかすると夕鈴は今のお父さんの血をひいていないんじゃないかって近所の人は言ってた。でも夫婦仲はよかったよ」
「…それだけなら、下町ではけっして珍しい話じゃないだろう」
低く珀黎翔はつぶやいた。
「男が女と言い交わして戦場に行く。子はできたが男は戦死し、女は別の男と結婚する。前王の時代にもよくあった話だ」
「陛下のおかげを持ちまして現在は平和な国となっておりますが…」
李順もわずかに表情を曇らせつつつぶやいた。
珀黎翔は顔を上げた。
「夕鈴が汀家の血をひいていないとしても夕鈴が幸せに成長したことは間違いないだろう。それはいい。夫婦仲も別に悪くなかったならそれは我々が口を出す問題でもない。夕鈴の血筋については別のアプローチが必要なようだが…面倒なことというのは?」
「俺より先にお妃ちゃんの身の回りを聞き込みした奴がいるんだよ」
「……」
今度は珀黎翔と李順は互いに素早く目を見交わした。
「それは何者です?」
「見かけない男だってさ」
あっさりと浩大は答えた。
「たぶんそいつも俺と同じぐらいは聞き込んだはずだから…お妃ちゃんの正体を突き止めた奴がいたんだ」
「…まずいな」
珀黎翔はつぶやいた。
「もしかすると白陽国内の貴族という可能性も…」
李順が言ったが、言った本人でさえ自分の言葉を信じていなかった。
「それはあり得ない。夕鈴本人でさえ自分は下級役人の娘だと信じている。白陽国の貴族が夕鈴の正体を突き止めたなら、下級役人の血を引くとわかった時点で十分なのだ。後宮にはふさわしくないと言い立てて後宮から去らせればいいわけだからな」
「やっぱりお妃ちゃん…どこか異国の貴族の落とし種ってことになるのかね」
浩大の言葉に李順も考え込みながらうなずいた。
「それに同意せざるを得ませんね」
「…貴族程度ですめばいいのだが」
珀黎翔が懐疑的につぶやく。
「陛下…?」
いぶかしげに李順が眼鏡を押し上げる。
「と言われますと…?」
「いや、私の考えすぎだろう。何にせよ、夕鈴の身元調査を続行するように。やはりこれは浩大に任せるしかない。夕鈴の正体を知っている者にしかな」
「調査を優先するとお妃ちゃんの護衛が手薄になるけれど?」
浩大が言う。珀黎翔はうなずいた。
「それは仕方がない。夕鈴には後宮からでないように伝えよう。少なくとも現在宮中は落ち着いていて夕鈴に攻撃を仕掛けてくるようなこともあるまい。表向きの寵姫への護衛で十分対応できるだろう」
「わかった。それじゃ行ってくる」
さすがに有能と自ら言うだけあって浩大はすぐに調査に戻るようだ。ひらりと窓から出て行く。浩大が姿をくらますと部屋の中はまた珀黎翔と李順の二人きりになった。
「それで…」
李順は口を開いた。
「陛下は夕鈴殿の素性をどうお考えなんですか?」
李順の言葉に珀黎翔は口元を引き結ぶ。
「…いや、まだ言うのはやめておこう。もしやと思うことは確かにあるが、同時にそれはいくら何でもうがちすぎと思わなくもない」
「陛下」
李順は珀黎翔の言葉を遮った。
「確かに浩大の調査待ちというのは否めませんが、浩大の言葉によれば見知らぬ男が夕鈴殿の素性を突き止めようとしているのです。…最悪の展開を予想していらしゃるなら教えていただかなければ万一に備えた対応ができません」
「…最悪の展開か…」
珀黎翔は口元を引き結んだ。




「天女の羽衣」初期再録集4に再録(初出は2012,1,8インテックス発行
珀黎翔×汀夕鈴

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