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「真実の巫女」初期再録集2に再録(初出は2011,3,18東京コミックシティ発行
珀黎翔×汀夕鈴
夕鈴がさらわれた!
犯人は珀黎翔に恨みを抱く宗教組織「青の鏡」
夕鈴を取り戻すべく珀黎翔がとった策は・・・

   *******

 「夕鈴様!、夕鈴様が……!」
 甲高い女官の悲鳴。それがみる間に遠ざかっていく。
 「誰か!。兵を呼んで!」
 「くせ者!、くせ者です!」
 泣き叫ぶ女官たちの叫び。
 「夕鈴様!、夕鈴様!!」
 「女官殿!どうされた!」
 ようやく兵士の声が女官の悲鳴に混じり始める。だが、夕鈴はその様子が見られない。頭からかぶせられた布が夕鈴の視界と行動力を奪い去っている。
 「何かございましたか!」
 ああ、あれは後宮を守る兵士の声だ。そう夕鈴は思った。声を上げようとしたが、わき腹を強く抱え込まれていて呼吸が苦しく、声を上げられなかった。
 「お妃様が……!」
 叫ぶ女官の声はもう聞き取れなくなってきている。庭の花を見るために、女官に付き添われ庭園に出ていた夕鈴の前に馬に乗った男が駆け込んできたのだ。頭から黒い布をかぶせられそのまま馬上へと引き上げられた。
 打ち倒された女官たちの悲鳴。後宮を守る女官には珀黎翔のお声かがりで腕に覚えのある女官も護衛としてつけられている。だが、その女官たちを軽々と打ち倒し、賊は馬の首を巡らせて脱出をはかろうとした。
 「賊!、賊よ!」
 ただ妃に仕えるだけの女官に賊にあらがう力はない。それでも必死に助けを呼び求める。
 だが、後宮は基本的に女の園であることが災いした。後宮を守る兵士が駆けつけてくるまでに少しの時間がかかる。それはしかし致命的なタイムラグだった。
 「弓は使うな!お妃様に当たる!」
 おそらく護衛の兵だろう。だが、揺れる馬上で布でくるまれて連れ去られていく夕鈴には何も見えない。それどころか自分を抱える男の腕が体に巻き付いて呼吸さえも苦しい。気が遠くなる。馬のいななく音。失踪する馬上で落ちたら命はないだろう。
 「追え!、追うんだ!」
 叫ぶ兵士の声さえも遠ざかっていく。
 「後宮の門を閉じろ!。誰か陛下に知らせに行け!」
 「賊を外へ出すな!」
 「後宮から出られるとやっかいだ!。通すな!」
 いくつもの怒号が入り交じる。
 ここは後宮だった。白陽国の若き王珀黎翔のたった一人の妃夕鈴の住む後宮だ。その後宮は広い庭や幾重にも張り巡らされた柵に、そして王宮を守る高い塀にも囲まれている。本来なら侵入も脱出もきわめて難しい場所だ。だが、男たちはまるで後宮の地理を熟知しているかのようにためらいなく馬を駆り立てた。
 「止まれ、止まれ!」
 後宮を守る最後の門。その門を守る警備兵の声が悲鳴とともに途絶える。切られたのだと頭から布をかぶせられていてさえ夕鈴にもわかった。
 「やめて……!」
 夕鈴は叫んだが、しかし声は出なかった。
 「突破しろ!」
 夕鈴を脇に抱え込み馬を走らせている男の野太い声が響く。
 「ここを抜ければ王宮の外だ!」
 夕鈴ははっとした。手足に力がよみがえってくる。このまま連れ出されたらもう逃げられない。
 「……放して!」
 夕鈴は声を限りに叫んだ。暴れようとする。馬上から落ちたら大怪我をすることはわかっていたが、それを怖がっている場合ではないこともわかっていた。
 「放して!」
 暴れる夕鈴を落としかけ、いっそう男が抱え直すのをみた。
 「おとなしくしろ!。死にたいか!」
 その声に夕鈴ははっとした。死にたいかというのならば夕鈴を殺すつもりはないのだ。どこかへ連れ去ろうとしている。
 「いや!、放して!」
 夕鈴は必死に己を抱え込む男の手から逃れようとした。
 「眠らせろ!」
 野太い男の声がすぐ傍らから聞こえる。そして夕鈴のわき腹に拳が入った。
 「……っ!」
 鈍い痛み。息が全部吐き出されてしまう。そして夕鈴の意識は途絶えた。

   ******

 「陛下、視察中に申し訳ありません。火急の際ですのでお許しを」
 執務室に入ってきた李順は低く言った。視察より戻ってきたばかりの珀黎翔はかろうじて旅装を解いて執務服に着替えた様子だった。
 「かまわぬ。今、戻ったばかりだが、事情は早馬で聞いている。柳大臣。手配の方ご苦労だった。そのまま妃の探索を続けよ」
 「かしこまりました」
 そう頭を下げて出ていったのは柳方淵の父である。
 「他の者たちは通常の業務に専念せよ。妃の誘拐は大事ではあるが、日々の業務をおろそかにはできぬ。この件はないがしろにはしない。国の安全を揺るがすようなことはさせぬ。安心して仕事につとめよ」
 珀黎翔の言葉に貴族や官僚たちはうなずいてそれぞれの部署へと戻っていく。
 執務室に残ったのは李順と珀黎翔の二人きりになった。
 「陛下の留守中にこのようなことになり、まことに申し訳ありません」
 小声で李順がささやく。
 「いや。お前のせいではないだろう。誰かのせいだというのなら、私に敵が多いせいと言うより他はないだろうからな」
 「実は今回の件、裏がありそうです」
 「裏……?」
 そう問い返した珀黎翔の表情は幾分すごみを増した。
 「どういうことだ?」
 「後宮に忍び込んで妃を強奪するなど、王への挑戦以外にありません。正妃の立場を奪い取ろうと考えるにせよ、もっと密やかに夕鈴殿をねらうでしょう」
 李順はさらに声を潜めた。
 「後宮から知らせを受けて、陛下へお知らせする一方、国内に陛下に対する何らかの動きがないか調査を進めたのですが……」
 「調査を進める間でもないな」
 珀黎翔は眉をひそめた。確かに味方も多いが敵も多い珀黎翔だ。だが、あまりにも今回は心当たりがあった。
 「宗教団体「青の鏡」……違うか?」
 「ご賢察の通りです」
 李順はゆっくりと頭を垂れた。
 「青の鏡」は最近台頭してきた宗教組織であり、王宮の女官たちにも信仰する者がいる。珀黎翔は基本的に宗教組織に対しては寛容の立場を貫いており、課税などにおいても優遇している。この「青の鏡」は神の声を聞くという巫女を組織の中枢に据え、庶民の悩みを聞き神の声をおろしてその悩みを解決することで成り立っていた。それが尋常ならざる金品を請求し、官吏と癒着して不正を行い便宜を図るようになったのだ。それだけならまだ珀黎翔は事態を静観したかもしれない。だが、やがてこの「青の鏡」は組織の中で意にそまぬ者を密かに抹消しているという噂が聞こえ始めた。たとえそれが閉じられた宗教の世界の中で行われているとしても放っておくわけにはいかない。珀黎翔はその証拠をつかみ、王の名において断固とした粛正を行った。もっともかなりの影響力を誇った「青の鏡」の暗部を告発するのでは民にも影響があると考え珀黎翔は組織内で抹殺が行われていたことは伏せていた。
 「賊の手引きをした女官をとらえましたが、「青の鏡」の信者でした。「青の鏡」の残党は陛下を悪の化身と呼び、天誅を与えるため妃をさらったのだとか」
 「愚かな。悪の化身だというのなら、私に向かってくればいいのだ。それをできないとはな」
 珀黎翔は鋭い声で言い捨てた。
 「狼陛下に向かって戦いを挑めるようなら、もうとうにたたきつぶすことができたでしょう」
 李順は肩をすくめる。
 「ですが、女官の口からいい情報も入手できました」
 「それは、夕鈴が囚われていった先か?」
 「もちろんそれは真っ先に聞き出した内容ですが」
 あっさりと李順は珀黎翔の問いを肯定した。聞き出すにあたり、女官といえども手加減なしに問いただしたのだろうことは想像に固くない。
 「どうもやつらは夕鈴殿を第二の巫女とするためにさらったらしいんです」
 「……第二の巫女?」
 意味が分からないといった様子で珀黎翔はつぶやいた。
 「どういう意味だ?」
 「つまり……我々が「青の鏡」を粛正したとき、巫女は自ら命を落としたわけですが、夕鈴殿がどうやらその巫女の力を継いだと神のお告げがあったそうです。だから夕鈴殿をさらったのだと」
 「バカな話だ」
 珀黎翔はつぶやいた。
 「夕鈴にそんな巫女の力があるはずもない」
 「私もそう思います。それに私は陛下同様神など信じておりませんし。ですが、宗教に関してはその影響力を軽視するわけにはいきません」
 李順は肩をすくめた。
 「もともと「青の鏡」は巫女の力で台頭してきた組織ですし、陛下による粛正の後も、巫女の力は本物だとして信仰する者が今も存在しています」
 「なるほどな。だからいい知らせというわけか」
 珀黎翔はゆっくりとつぶやいた。李順の言おうとした言葉を察していた。
 「そうです。夕鈴殿が巫女の代わりをつとめるためにさらわれたのだとしたら、少なくとも陛下への報復として夕鈴殿が殺されることだけはない。彼らの巫女として大切にされるはずです」
 「わかった」
 珀黎翔は立ち上がった。
 「夕鈴が連れ去られた先は突き止めたと言ったな」
 「……そう申し上げましたが」
 李順は警戒する表情になった。
 「陛下、何をするおつもりですか?」
 「もちろん夕鈴を助けにいく」
 珀黎翔はあっさりと答えた。
 「陛下……!」
 「仮にも狼陛下と呼ばれた私が、最愛の妃を強奪されて放っておくわけにもいかないだろう。まして神の声を聞くという巫女を妃として後宮に迎えれば「青の鏡」もおとなしくなるというものだ。民への示しもつくだろう」
 「陛下」
 ゆっくりと李順は口を開いた。
 「あえて、お怒りを覚悟の上で申し上げます。夕鈴殿は臨時花嫁、陛下が自らその救出に動かれる必要はないと申し……」
 そこまで言って李順の言葉は途切れた。
 振り返った珀黎翔のまなざしはあまりにも鋭く、それ以上言葉をつなぐことができなかったのだ。
 「おまえが言いたいことはわかっている」
 珀黎翔は答えた。
 「だが、もしも夕鈴が臨時花嫁だというのならば、その夕鈴を見捨てるということは、それこそ王として示しがつかぬ。私は自分に従う者を見捨てはしない。けっして」
 「……あえて」
 李順はかすれた声を絞りだすようにして言葉を継いだ。
 「あえて申し上げます。見捨てる訳ではありません。兵を出し、救出に向かわせます。しかし、陛下、この場所は危険です。「青の鏡」の本拠地とも言うべき場所で、大部隊を送り込むと正面切っての戦いとなりましょう。少数精鋭の部隊を送ります」
 青の鏡になぜこれほどの影響力があったのか李順はもちろんのこと珀黎翔も知っている。青の鏡は薬を使ったのだ。その薬を信者に投与して組織の主立った者の命令に従うようにしくんだ。夕鈴をさらった賊の手引きをした女官にも薬の影響が認められた。
 「陛下がおひとりで行けば……もしもすでに夕鈴殿に薬の投与が行われていたら、他ならぬ夕鈴殿こそが陛下に敵対する青の鏡の信者になっているかも……」
 「……李順」
 珀黎翔は李順の言葉を遮った。
 「おまえの忠誠について疑ったことはないが、これはだめだ。譲れない。少数でも侵入を悟られたら相手は夕鈴を殺そうとするかもしれない。何しろ巫女が転生すると信じている狂信者たちだぞ。それに薬で操られている。……悪いな、李順。僕は行くよ。必ず夕鈴をつれて戻るから……いない間はよろしく頼む」
 珀黎翔が狼陛下から、小犬陛下へなめらかに入れ替わった瞬間だった。そして夕鈴の救出について珀黎翔が全く譲る気がないということを李順が納得せざるを得なかった瞬間でもあった。
 「…………」
 李順は長いため息をついた。そして手元のファイルを開く。
 「お止めしても無駄だろうなとは思っていましたよ。陛下。では続けてご報告させていただいてよろしいですか」
 「続けてくれ」
 うなずいて珀黎翔は再び椅子に腰を落ち着けたのだった。お互いにどこが譲れてどこから譲れないかわかっていた。そして一度決断してしまえば李順の対応は早かった。
 「夕鈴殿が連れ去られた場所ですが……」
 いっそう声を潜め、李順は説明を始めたのだった。




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