イベント参加のお祭り企画
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「王とともに歌う姫」2012,8,26東京コミックシティ発行
B6P52 500円
珀黎翔×汀夕鈴
次々と城下町で起こる火災。失火かそれとも放火かあるいは天災なのか
王に不徳ある所、国は乱れる…下町で聞いたその言葉に夕鈴は…
王とともに歌う姫
*******
「警備の強化…ですか?」
そうつぶやいて夕鈴は首を傾げた。ここは白陽国後宮である。狼陛下と恐れられる専制君主、王のたった一人の妃夕鈴の居間だった。
「そうなんだ」
答えたのは珀黎翔だった。すらりとした筋肉質の体を王の執務服に包み、腰に実用的な長剣を携えた珀黎翔は女官たちを人払いしたこの居間の中でのんびりとくつろいでいる。
「しばらく僕も忙しくて、夕鈴の所に来られないんじゃないかなと思うんだ」
「それはお仕事が最優先ですから、バイトのことを気にしないで働いてください、陛下」
夕鈴の言葉は王の妃にはあり得ないような言葉だったが、これにはもちろん訳がある。
夕鈴は本物のお妃ではない。代替わりの争乱を制圧し、国を統治する珀黎翔に持ち込まれる縁談を断るために雇われた臨時花嫁である。
「そう言ってくれるとうれしさ半分寂しさ半分といった気持ちになるね」
にこにことほほえむ珀黎翔はどこにも狼陛下と恐れられ戦場の鬼神冷酷非情とうたわれる本性は伺えない。夕鈴の前ではどこまでも甘く優しい王である。
「秋の宴では陛下のたった一人の妃としていろいろ行事への参加をお願いすることになりそうですから、お妃教育には励んでくださいね」
「わかりました」
夕鈴は姿勢を正した。珀黎翔の腹心であり第一の側近である李順は夕鈴にとっては直接の上司である。
「もちろん特別手当ははずみますよ」
「ありがとうございます!」
「いい返事です」
満足そうに李順はうなずいた。
「そうそう、弟君ですがしばらくお妃教育に掛かり切りになると思いますので言づてがありましたら女官の方に伝えておいてください。…いつも言っていますが勝手に後宮を出たりしないように。急な来客が会ったときに妃がどこぞを歩いていましたでは申し訳がたちません」
ゆっくりと眼鏡を押し上げながら李順が言う。
「わかりました」
何回か前例があるので夕鈴はおとなしく答えた。
その後は夕鈴のいれたお茶を飲んでしばらくくつろいだ後珀黎翔は李順を伴い再び部屋を出ていったのである。
「本当に忙しそうだわ」
女官たちが茶器を片づけた後夕鈴は居間の椅子に座り小さくつぶやいた。窓の外はすでに日が落ちて暗くなっているが休むにはまだ早い頃合いである。
「そりゃ忙しいだろうな」
不意に聞こえてきた声に夕鈴は振り返りもせずに答えた。
「相変わらず神出鬼没よねえ。浩大」
窓際に腰を下ろしていたのは小柄な姿だった。黒く大きな瞳を持つ隠密の浩大である。
「お菓子があるわよ。それとももう遅いから…」
「食べる食べる」
浩大は目を輝かせて窓枠から飛び降りると夕鈴の側に駆け寄ってきた。差しだしたお菓子をうれしそうに受け取る。
「それで…忙しいってなぜ?」
食べている手を止めて浩大は少し考え込んだ。
「お妃ちゃんは知らないんだ?。今日の執務は一緒に行っていないんだっけ?」
「ええ」
夕鈴はうなずいた。珀黎翔が夕鈴を執務室に伴うことは王宮ではよく知られた事実である。もっとも珀黎翔が視察の予定が入っていたり、夕鈴自身に予定が入っていると後宮に残ることもある。夕鈴の予定というのはもちろん表向きは珀黎翔のたった一人の寵姫ということになっているので貴族が陳情にきたり、貴族の姫と仲良くしたりと後宮で王に愛される花もなかなかに忙しいのだ。
「そうか…それじゃ知らないよなあ」
「何か起こっているの?」
夕鈴は幾分緊張しながら尋ねた。珀黎翔は何か事が起こっている時に夕鈴には教えてくれない。だが、浩大は夕鈴がその事態に気づき、問いかければ教えてくれることもある。そういう時夕鈴は浩大に試されているような気がする。ちゃんと珀黎翔のことに気をくばっているのかどうか。そして浩大が仕える主である珀黎翔の妃として…夕鈴は臨時花嫁だが…ふさわしいかどうか。
だが今回はそれほどの大事ではなかったようだ。お菓子を食べながら浩大はこともなげに答えた。
「今、城下で火事が何件か起こっているんだよねえ」
「火事…」
夕鈴はわずかに目を見開いた。
「それは…大変じゃないの…ここの所暑かったからなのかしら…空気が乾燥している時期は火の元に気をつけるんだけれど」
かつては実家で一家の主婦として台所を切り回していた夕鈴である。最初の心配はもちろん失火のことだった。夕鈴がこのバイトをはじめてからは弟の青慎が夕鈴の代わりに家事を引き受けている。大丈夫だろう。
ふと浩大が顔を上げた。
「いいや。…失火じゃない」
浩大の口調は変わらなかったが、不意に部屋の温度が下がったように感じられた。
「失火じゃない…?」
「放火だよ」
「…!」
夕鈴はわずかに目を見開いた。
「それ…は…」
火付けは大罪である。それは国王に対する反逆の次に重い処罰が与えられる重罪なのだ。死罪はもちろん免れない。失火とは明らかに違う罪であり、たとえ死者が出なかったとしても放火は死罪が決まりである。白陽国は大国でありその王都はいくつもの家が立ち並び、区画は大門によって分けられている。その大門はもちろん国に敵国が、あるいは反乱軍が攻め寄せきた時の防御の役目を果たし、さらには犯罪の防止にも意味がある。だがもう一つ大きな役割があるのだ。それは火災の延焼の防止である。
「放火なんて…信じられないわ…」
夕鈴は首を振った。
「まあそうだよな。失火じゃないかって最初のうちは思っていたんだけれど…これは放火だよ」
浩大ははっきりと言った。
「どうして?。そうだと思うの」
「もう陛下には報告したんだけれどさ」
浩大は肩をすくめた。
「連続して火事が起こっている。もちろん王都の警吏もバカじゃない。民兵と組んで巡回をしているんだ。その監視の目をくぐって放火が起こっている。…そして一番の問題は」
浩大はお菓子の最後の一かけらを口の中に放り込んだ。
「城下町で噂が流れているんだよねえ」
「噂…?」
夕鈴は身を固くした。
「いったいなんの」
「陛下の不徳による火災だって。これは天災なんだって。神の怒りを鎮めるには王の代替わりが必要だという噂」
「何てすって…!」
予想もしない浩大の言葉に驚きよりも怒りが勝り、夕鈴は声を上げた。
「どういうこと!。陛下は、陛下はあんなにこの国のために働いていらっしゃるのに!」
「うわ、そう怒るなよ、お妃ちゃん」
浩大はわずかにたじろいだ。
「これが怒らずにいられるの!。だって、あの陛下のことをなんて悪し様に言うのよ!」
「だから、これは謀略だろうって李順も陛下も考えている。この放火を止めるには陛下を陥れようとしている黒幕を突き止めないとたとえ放火氾を捕まえても火事はやまない。だから下町には徐(じょ)が潜伏して情報を収集しているし、俺もそちらの情報収集を命じられているんだよ」
「そうなんだ。呼び戻されてからしばらく王宮にいたけれどようやく陛下の仕事に戻れるのね、よかったじゃない」
夕鈴の言葉に浩大は笑いをこらえる表情をした。
「ようやく陛下の仕事か…。いや、さすがお妃ちゃんだよ。…大丈夫。俺は王宮に戻ってからもちゃんと仕事をしているからさ。何しろ陛下だよ。使える部下は徹底して使う。お妃ちゃんが知らないだけだよ」
「そうなの?。まあ、いつもあなたは自由自在に現れるんだものね。私が知らないだけでいろいろ働いていたんだ」
「そうそう。…それじゃ俺は行くけれど、お妃ちゃん」
ふいに浩大がまじめな顔になった。
「今回の放火を陛下は重く見ているから俺もかり出されたんだけれどさ。陛下を陥れようとする動きがあるっていうことはお妃ちゃんだって無事かどうかわからないんだよ。お妃ちゃん、ちゃんとおとなしく後宮にいないとだめだぜ。後宮の警備はしっかりしているし、今のところお妃ちゃんに直接何かしでかそうという動きはないよ。でもおとなしく後宮にいるんだぜ」
そう言うと夕鈴の返事を待たず浩大は立ち上がった。
「おいしかった。ありがとなお妃ちゃん」
言いおいて浩大はいつものようにふっと姿を消してしまったのだった。
「…火事が起こっているなんて…」
夕鈴はつぶやいた。
「陛下が忙しいって言ってたのはこのことだったのかしら」
臨時花嫁なのだからそこまで詳しく教えてもらえなくても当たり前だ。だいたい浩大がここまで教えてくれることが不思議でもある。ただ、一つ心配だったのは弟と父親のことだった。放火となれば防御のしようがないけれども弟青慎は無事だろうか。もちろん夕鈴の家族になにか会ったら珀黎翔が必ず教えてくれるだろう。だが、少し弟の様子を見てきたい。
「ちょっとだけだったら…ダメかしら」
夕鈴は首を傾げ考えた。
李順はしばらく夕鈴も忙しいと言っていた。きっとお妃教育のプログラムが増えるのだろう。それなら今日のうちに動いた方がいいだろうか。
幸い今日は氾紅珠がやってくる予定もない。本来なら掃除婦のバイトの方に励める一日である。
「ちょっとだけ…出てこようかしら」
珀黎翔は後宮の警備を強化すると言っていた。だが後宮でお妃としてそして掃除婦としてのバイトに励むうちにいろいろ抜け出す道があることを夕鈴も知っている。
「ごめんなさい、陛下」
そこにはいないが夕鈴は口の中で謝った。
「すぐに戻りますから。危ないことはしないし」
後宮で夕鈴のプライバシーは尊重されている。女官たちは珀黎翔がわたってきた時はともかく夕鈴だけの時は呼ばない限り現れず主の自由な時間を守ってくれる。
夕鈴はそっと立ち上がったのだった。
*****
王宮の執務室に戻り、珀黎翔は李順と話し込んでいた。
「しかし、今回の放火の件はこちらの情報が漏れているとしか思えません」
李順は珀黎翔の前にたち、手にした書簡を広げた。
「警備体制の強化を行ってからも小規模な火災は続いています。一応警備のおかげで死者がでるという事態は避けられていますが」
「警備の裏をかかれているということは」
珀黎翔は机の上で両手を組み替えた。考え込む。
「やはり私の失脚を考えている貴族が情報を流しているということになるか」
「現在情報に接触できる人間を特定中です。警備計画を変更させましたが、それでもやられていますからこれで絞り込めるでしょう」
「そちらの調査は任せよう。徐克右の方から報告はないのか」
「残念ながらまだ有力な手がかりにつながる情報は得られていない模様です。しかし、報告によれば陛下の治世を不徳とする噂は広がっているようです」
「ますます私に対する排斥と考えた方がいいようだな。それなら直接向かってくればいいものを」
珀黎翔は口元に冷ややかな色を浮かべた。
「我が民を巻き込むとは許し難い。この件に関わった黒幕には断固とした処分を行ってやる」
「それもとにかく黒幕を突き止めなければ話になりません」
李順はさらりと受け流した。顔を上げる。
「ところで夕鈴殿につけていた浩大もこの件に投入されたとか」
「そうだ」
珀黎翔は目を瞬いた。その表情は見えない。
「よろしいのですか」
李順が確認をとる。
「私も先ほど夕鈴殿にはあのように言い、この件が片づくまでお妃教育のペースをあげて夕鈴殿が外出などできないようにするつもりですが、陛下に対する排斥運動が起こっているということは夕鈴殿に対する警備は強化するべきなのでは」
「そうなんだが…」
狼陛下というよりは夕鈴の知る小犬陛下に戻って珀黎翔はため息をついた。
「この件をさっさと片づけないと夕鈴が弟や家族のことを心配して…あるいは幼なじみを心配して下町に戻ってしまいそうなんだよなあ」
浩大の護衛をはずし一時的にこの放火事件の探索に向かわせたのは珀黎翔が今回の事件を重く見ているためだった。浩大がいないとなると夕鈴の護衛は手薄になる。ただ今の時点で直接夕鈴をねらうというような情報はなく、珀黎翔はこの放火の件に人を動員する事にしたのだった。
「下町に戻る…ですか。まあその心配は確かにありますね。大変家族思いでいらっしゃいますし」
李順のその家族という言葉には夕鈴の家族は珀黎翔ではなくて弟や父親だという含みがあって露骨に珀黎翔は顔をしかめたもののそれには触れず別の事を言った。
「まあ、夕鈴にはちゃんと後宮にいるよう釘を刺しておいたし大丈夫だろう」
珀黎翔は立ち上がった。
「少し出る」
「…出る?。まさかまた下町へ自ら出かけられるとおっしゃるのですか?」
今度は李順が眉を寄せる。
「さすがによく僕の行動を見抜いているじゃないか」
口調そのものが狼陛下から自然に小犬陛下に切り替わった。李順は首を振る。
「そろそろ王太子時代のようなお一人での行動は謹んでいただかないと。ご承知のように今回の件は陛下をねらったものであることははっきりしているのですから」
「私と剣で争える奴はいない」
あっさりと珀黎翔は答える。それはまた自然に狼陛下に戻った姿だった。
「…ご無礼を」
「いや。…お前が私を心配してのこととはわかっている。だが、王たるもの市井の様子をこの目で確かめる必要があると私は思っているだけだ」
「ご立派なお考えです」
李順は口元に笑みを浮かべた。
「そうであればこそ、陛下に従おうと私は決めたのですからそのようにおっしゃる必要はございません」
李順はゆっくりと眼鏡を押し上げる。
「陛下の剣の技も私は純分に承知しております。…もちろん人質を取られたらいかな陛下でもと思わなくはありませんが、幸い陛下の弱点であるところの夕鈴殿は後宮に安全にお守りしておりますし」
「…まったくもってお前はよく私のことを知っている」
珀黎翔は肩をすくめる。
「はっきり申し上げることをお許しいただけるなら…私は夕鈴殿のような弱点を陛下がもたれることには反対なのです。今を持ってしても。陛下はこの国にとってなくてはならない方。ですが、同時に陛下にとって夕鈴殿の存在が意味あるものであることも理解しています」
珀黎翔は口元に笑みを浮かべた。
「全くもっていい側近を持ったものだと思うぞ」
「ありがたき幸せ」
李順は頭を下げた。
「では出る」
「かしこまりました」
そう答え珀黎翔とともに李順は執務室を出ていったのである。
「王とともに歌う姫」2012,8,26東京コミックシティ発行
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