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「王国の花」初期再録集3に再録(2013,12,29に再版予定)
珀黎翔×汀夕鈴
隣国の女王の離宮へと招かれた珀黎翔は
夕鈴を伴って行く。
それは婚姻を前提にしたお見合いだった
様々な思惑が絡む中・・・

   *******

 ここは白陽国。若き王珀黎翔が治める国である。冷酷非情、戦場の鬼神と称せられる珀黎翔は、後宮に妃を迎えたがその妃は実は雨が降るがごとく珀黎翔に持ち込まれる縁談を退けるために雇われた臨時花嫁だった。
 その臨時花嫁は汀夕鈴である。
 実は珀黎翔が国の為に強い王を演じようとしていたことを知った夕鈴は、一度は断ろうとしていた臨時花嫁の仕事を受けた。そして珀黎翔の味方になろうと密かに心に決めて臨時花嫁の仕事を続けている。
 しかし思った以上に臨時花嫁の仕事は過酷なものだった。お妃教育に始まり、要人の接待、不穏分子のあぶり出しなど予想もしない事態が続く。
 だが、その様々な事件を経て、少しずつ気持ちを通わせていくことになった珀黎翔と汀夕鈴は、ひとまずの平和な日々を過ごしていた。
 「夕鈴様、陛下がお渡りになりましたがいかがいたしますか?」
 「あら困りました」
 夕鈴の髪を櫛けずり簪を差し込もうとしていた女官が振り返る。
 「今お支度を整えております」
 「簪の方はもういいわ」
 夕鈴はそう言ったが、側についていた女官長は首をふった。
 「いいえ、なりません。夕鈴様」
 夕鈴にさとすように言う。
 「陛下の唯一の花でいらっしゃるのですから、常に身支度は完璧にして陛下のお目を楽しませていただきませんと。夕鈴様に仕える女官たちも立場がございません」
 「それは……違うと思うけれど」
 夕鈴はつぶやいたが、女官長は入り口を振り返った。
 「陛下を居間にお通ししてください。すぐにも夕鈴様のお支度が整います旨をお伝えして」
 「かしこまりました」
 女官が頭を下げて退室していく。
 唇に紅が差され、髪には珀黎翔から送られた簪が差し入れられた。後宮のたった一人の女主人にふさわしい華やかな布を最後に身にまとわされる。
 「どうぞ、夕鈴様」
 身支度をしていた部屋の隣が通常夕鈴が使っている居間だった。もちろん珀黎翔は後宮の中でどの場所にも望みのままに立ち入ることができるのだが、こうして早く訪れた時に夕鈴の意志を無視して踏み込んでくることはない。
 「お待たせいたしました、陛下」
 居間の中に入っていくとすでに椅子に座っていた珀黎翔はにっこりと夕鈴を迎えた。
 「相変わらず美しいな、我が妃は」
 (あ、狼陛下になってる)
 夕鈴は心の中でつぶやいた。
 「その簪はこの前贈ったものか?。女官長、なかなか気が利くな」
 後宮で夕鈴の身の周りを守る女官たちにも声をかけるあたりはさすがの気遣いである。
 「夕鈴様の夏の装いにふさわしいかと思いまして」
 にっこりと女官長は答えた。
 「では、私どもは下がらせていただきます。ご用の折りはお呼びください」
 珀黎翔の言葉の前に心得た様子で女官長以下女官たちは珀黎翔と夕鈴、そしていつものようにひっそりと入り口にたつ李順を残して姿を消した。
 「お疲れさま、夕鈴」
 にっこりと笑いかける珀黎翔のお疲れさまという言葉は臨時花嫁として振る舞っていることを指すのだろう。
 「こんな早くからおいでになるなんて、何かありましたか?。李順さんまで。とにかく椅子の方へどうぞ。今お茶を入れます」
 「ありがと」
 相変わらずにこにことした表情を崩さない珀黎翔は夕鈴を眺めている。一方女官たちが立ち去ったことを確かめていた李順は、人目がなくなると態度も上司とバイトに早変わりする。言葉遣いの丁寧さは変わらないが、人前ではあくまでも夕鈴を王の最愛の妃と立てていたのが嘘のように容赦なくなるのだ。
 「さすがにお茶の入れ方は宮中の作法通りになってきましたね」
 夕鈴の手さばきに見入っていた李順は満足そうにうなずいた。
 「あれだけお妃教育をしてもらうとさすがに覚えます。もちろん毒殺に注意するのが第一優先だってこともちゃんと覚えていますよ」
 お茶はその時々に応じて熱く、あるいは暖かく、おいしく飲めればいいと思っていたのだが、もちろん宮中は違っていた。最初はその王宮での作法を習っていたのだが、珀黎翔が毒殺されかけるという事件を経て、夕鈴はまず第一にお茶に毒が混入されていないかどうかを見極めつつお茶を入れるという高度な技をマスターしたのである。
 「結構です。……いかがですか?。陛下」
 李順は夕鈴からお茶を受け取って珀黎翔を振り返った。
 「え……?。もしかするとこれって試験だったんですか?」
 「いや、試験というわけじゃないんだけれどね」
 珀黎翔は苦笑した。
 「だが、これなら安心かな?」
 珀黎翔の言葉を受けて李順もうなずく。
 「そうですね。万一という時も夕鈴殿が取り分けたものなら食べることができそうです」
 万一。取り分けた。食べることができる。
 それはどれもが不穏な気配をはらんでいた。
 「もしかして、また臨時花嫁の仕事が……?」
 「察しがいいのは大変けっこうですよ」
 李順がうなずく。そして手にした茶器を飲み干した。
 「いいお手前です。……さて、我が国が諸外国に取り囲まれた国であることは良くご存じだと思います」
 「ええ、ふつう程度には知っています」
 夕鈴はうなずいた。前王との代替わりの折り、麻のように乱れた国内を制圧するにあたり、これを好機とみて攻め込んできた国もあったのだ。
 その外敵を討ち果たしたのが今夕鈴の目の前でにこにこと笑っている珀黎翔である。
 (こうして見てみると狼陛下だって言われるのが本当に信じられないんだけれど……)
 夕鈴は口の中でつぶやいた。
 「我が国と友好を保っている国の一つに祖という国があるのですが、祖については何かご存じですか?」
 李順の言葉に夕鈴は考え込む。
 「ええと、女王が治めている国……でしたっけ?」
 「それだけ知っていれば十分です」
 李順は満足げにうなずいた。
 「その祖がどうかしたんですか?」
 「陛下とその女王との間にお見合いの話がでているんです」
 あっさりと李順は答えた。
 「……何ですって!」
 思わず夕鈴は大声をあげてしまったのだった。

   ******

 「いや、あの時の夕鈴の顔ったらなかったね」
 打ち合わせの後、李順が退室していって珀黎翔と夕鈴の二人きりになると珀黎翔はくすくすと笑いを漏らした。
 「笑い事じゃありません」
 一方夕鈴は複雑な気持ちを抱えている。
 「お見合いですよ、お見合い」
 「だからそれは形だけなんだよ」
 珀黎翔はうなずいて見せた。
 「まあ女王は適齢期といえば適齢期だし、身分の上では対等の関係で見ようによってはベストの選択に思えるけれど、女王と僕じゃ結婚するわけにはいかない」
 「いかないっていっても……」
 夕鈴は口ごもった。
 「お見合いをするわけでしょう?。陛下が女王様を気に入ったらどうするんですか?」
 「気に入っているのは夕鈴だよ」
 さらりと珀黎翔が言う。
 ぼんっと音がするほど顔が赤くなった気がした。
 「だから!、今は演技はいらないですから!」
 そう言って頬が赤いのを隠すように夕鈴は扇を開き、ぱたぱたと顔を仰いだ。時にして珀黎翔がわかっていて夕鈴をからかうために言っているのではないかと思うことしきりである。
 「まあ、それはおいておくにしても、女王も僕も結婚するつもりはないんだよ」 
 「でも……」
 夕鈴は言葉に詰まった。
 祖の女王の話は風の頼りに聞いている。剛胆で豪奢な美女であるということも。
 狼陛下には似合いの女性ではないのだろうか。
 まして二人とも王族なのだ。
 何一つこの結婚の障害になるものなど思いつかない。
 「でもね、夕鈴。王と姫、あるいは女王と皇太子ならともかく、王と女王の結婚となると大事になるんだよ」
 珀黎翔は肩をすくめて見せた。
 「諸外国にとっては突然強国ができたも同然。いつ攻め込んでくるかわからないと疑心暗鬼にかられることもあるだろう。不安のあまり白陽国に攻め込んでくる可能性だって高まる。それは女王にとっても同じことだ。お互いに結婚した場合のメリット、デメリットがはっきりしているからね」
 「でも、直接会ったら違うかもしれませんわ」
 「気にしてくれるのはうれしいけれどね」
 「……っ!違いますから!。私は臨時花嫁で、陛下が誰と結婚しようとまったく!、気になりません!」
 「お妃ちゃん……」
 あきれかえったような声が室内に響いて、夕鈴はびくっとした。
 「さすがにそこまで言ったら陛下が傷つくんじゃね?」
 いつの間にか部屋の片隅に座り込み、珀黎翔の隠密である浩大が用意されていたお菓子を摘んでいた。
 「っっ浩大!、相変わらず神出鬼没ね!」
 夕鈴の言葉だけではなく珀黎翔も地を這うような低い声で浩大に言う。
 「夕鈴と二人でいるところに割ってはいるな」
 「へーい」
 気のない返事をしつつ、浩大はちらりと夕鈴をみる。
 「まあ、俺のことは気にしないで二人で話していてよ」
 「……まったく。浩大は」
 そう口の中でつぶやいたものの、浩大にかまっているよりも気になることがあって夕鈴は珀黎翔へと視線を戻した。
 「それで、陛下、どうして女王が結婚を望まないなんて思うんです?」
 夕鈴だったら珀黎翔が望んだら身分違いだと思ってもその手をとってしまうだろう。恐れながらも引きつけられずにはいられない魅力が珀黎翔にはある。
 「女王とはもう密かに連絡を取り合っているんだ」
 珀黎翔は肩をすくめて見せた。
 「浩大に書簡を運ばせてね」
 「そ」
 浩大がお菓子を食べながらひらひらと手を振って見せた。
 「他国の王宮に忍び込むぐらいやってのけないと陛下って厳しいからさ」
 「……それでわかったのは、この女王は僕と似ているんだよ。ああいや、つまり……狼陛下と」
 珀黎翔はどう説明すればいいかと考え込むように言葉を途切れさせた。
 「つまり……国を治める上で役に立つか立たないかをはっきりと見極めて、デメリットが多ければ自分の感情は度外視できるってこと」
 「でも……」
 「もともと王族同士の婚姻というのは国と国との取り決めといった感が強いからね。今回の場合はデメリットが多いしそれは女王も指摘していた」
 「だったらなぜお見合いを?」
 夕鈴は思わず首を傾げる。
 お互いに相手を見極めるために会うのでないのなら、まして婚姻を結ばないと決めているのなら、どうしてわざわざお見合いをする必要があるのだろう。
 「お互い王宮の貴族たちに対するパフォーマンス」
 あっさりと珀黎翔は告げた。
 「パフォーマンスですか?」
 「そう。会ってみたけれどどうも気が合わないようだとなれば、この手の話題を先送りできる。それに友好国だが国土の統一はないようだという情報を諸外国に流すことができる」
 「なんか……難しいです」
 「この手の話題は難しいよ」
 珀黎翔はため息をついた。夕鈴にほほえみかける。
 「それに問題は女王の気持ちはわかっているが僕を女王の婿にと押してくる貴族を退けるのも自分の王宮でないだけになかなか難しい」
 「そうでしょうね」
 白陽国の中でなら、珀黎翔の言葉が第一。剣さえ振るうことのある王に妃を迎えろと意見できる貴族などいないだろう。この国にあっては珀黎翔の意志が最優先なのだ。だが外国となれば違ってくる。まして表向き友好を保ちたいとなれば、穏便に縁談を退けたいのだ。
 「で、夕鈴に一緒に来てもらいたい訳なんだ」
 「ああ、わかりました」
 夕鈴はようやく李順が先ほど言い残していった新しい予定の内容を理解した。
 「私が陛下の妃だって振る舞いつつ、陛下についていけばいいんですね」
 「そういうこと。すでに愛する妃がいるのにあえて女王に僕のことを勧める勇気のある貴族も祖にはいないだろうし。……もちろん万一に備えて夕鈴のことは僕が守るけれどね」
 「俺もついていくから大丈夫だよ、お妃ちゃん」
 聞いていないようで聞いていたらしい。浩大が口を挟んでくる。
 「それは心配していませんけれど。お見合いってここでするわけじゃないんですか?」
 「この財政難の折りに国内で女王を迎えてお見合いなんてやったら李順が怒りまくるよ」
 珀黎翔は肩をすくめて見せた。
 「内々の女王からの申し出が先だったんでね。祖の一番端の方、白陽国に近い場所にある離宮に招かれることになっている。内々にね」
 「……いろいろあって大変なんですね」
 「まあ……こういう外交は久しぶりだな。夕鈴はのんびり僕の側にいてくれればいいから。二三日でけりがつくと思うし。別に祖の王宮で妃として笑顔で振る舞わなくても外交上問題は起こらないから安心してね」
 「わかりました」
 夕鈴はうなずいた。
 「お任せください。狼陛下の妃がいると思われるようにがんばります」
 「期待しているよ」
 そうにこにこと珀黎翔は答えたのだった。

   ******

 珀黎翔は笑顔で側にいてくれればいいと言っていたがそう簡単にことは運ばなかった。
 数日後、少人数の護衛を引き連れ馬車で祖の離宮へと向かった珀黎翔と夕鈴を待ちかまえていたのは女王一人ではなく祖の王宮の主立った貴族たちもいたのである。
 祖はわずかに白陽国よりも南に位置する。その分花も南国のものであり夏の暑さも少し厳しい。またやはり女王が治める国であるためか、花の咲き乱れた離宮は珀黎翔につれられて訪れた国内の離宮と幾分赴きが違っていた。
 お互いに王の立場なので謁見の間には椅子が向き合っておかれ、女王は珀黎翔と夕鈴が入ってくるのを待っていた。ついてきたはずの浩大の姿は部屋に案内された後見えなくなっている。護衛は謁見の間の外で待つことになる。いくら友好国とはいえ、部屋の中に祖の要人や女王が待ちかまえているという場所へ珀黎翔に従って入っていくのは勇気が必要だった。
 「どうぞおすすみください。女王陛下が待っておられます」
 案内の女官が腰を低く珀黎翔と夕鈴に言う。
 「長く待たせるのも女王に失礼というもの。行くぞ」
 その口調もまなざしも、立ち居振る舞いまでもが狼陛下のもの。珀黎翔はためらいのない足取りで部屋の中に入っていった。
 向かい側の椅子に座っていた女性が立ち上がった。
 「白陽国王殿」
 若い声だった。年の頃も珀黎翔とそうは変わらぬ。長い髪を後ろに結い上げているものの、そのまなざしの鋭さは確かに妃ではなく、王としてこの国を治めてきた者の威厳があった。女王の座についたのは珀黎翔とは違い、まだ少女のころからと聞かされていた。
 「遠路はるばるお越しいただき歓迎する。我らは近しい国同士、今後ともぜひ友好を深めたいと考えている」
 「こちらこそ、女王自らの歓待に感謝する。同じく友好の絆を深めたいものだ」
 答えながら珀黎翔は椅子に腰を下ろす。夕鈴の椅子も珀黎翔の傍らに用意されていた。
 「花も見頃のこの国とはいえ、離宮に要人が多いのは何か……?」
 「…………」
 女王は苦笑した。視線を臣下の方へと向けて片手を振る。
 「私がたまの休みをとろうというのについてくるなど無粋なことだ。皆下がるがいい」
 「しかし、女王陛下」
 進み出たのは祖の貴族の一人だった。
 「女王陛下のおられるところが我らのいるところです」
 「それを差し出がましいというのだが」
 女王がため息をついた。
 珀黎翔が手をあげる。狼陛下の表情であり口調だったがなだめるような言い方でもあった。
 「花は愛でて楽しむもの。私は自ら手折ろうとは思わぬ。案ずることなく仕事に励まれるがいいだろう」
 「さがれ、せっかくの客人、腹を割った話がしたい」
 女王の言葉には祖の要人たちも逆らえなかった。壁際をうめ尽くしていた貴族たちがぞろぞろと退室していく。
 思わずほっとして夕鈴は息を吐いた。
 「心配したかしら?」
 すずやかな女王の声に夕鈴ははっと背筋をのばす。
 「いえ、あの……」
 「謁見室とはいえ、あたりを他国の貴族に取り囲まれては緊張しただろう」
 狼陛下の口調ながら珀黎翔が夕鈴をいたわる。そして幾分冷ややかな口調になった。
 「少し打ち合わせとは違うようだが?」
 「予定と違うのはそちらも同じと思うけれど?そんなかわいい人を連れてきて」
 女王が肩をすくめてみせる。
 「愛らしいだろう?。私の秘中の花だ」
 珀黎翔の言葉に女王はため息をもらす。
 「”花を手折る気はない”とまで会ったばかりで言われてしまってはあの者は安心したかもしれないけれど、他の重臣たちがおとなしく引き下がるかしら」
 「まあ、後は晩餐の時にこの失点を取り戻すことにしよう。夕鈴」
 「あ、はい」
 それが退室の合図と知って夕鈴は急いで立ち上がる。
 「晩餐の時はおひとりで?」
 女王の言葉に珀黎翔は軽くうなずいた。
 「どうやらそちらの王宮もいろいろな思惑が絡むようだ。”妃”は伴ったが具合が悪く部屋で休んでいるということにさせてもらう」
 「まあ……仕方がないわね。後で呼びにやらせるわ」
 そうつぶやいて女王はうなずいたのである。




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