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「浩大の受難」2014,1,26東京コミックシティ発行
珀黎翔×汀夕鈴の世界観における浩大総受け
3話(李順×浩大、陛下×浩大、夕鈴×浩大)のうち今回は
その3(夕鈴×浩大)を公開します
こちらは2014,1,12発行「妃の証」をお読みいただいた後に
お読みいただけると「妃の証」のネタバレをすることなく本文をお楽しみいただけます
その3(夕鈴×浩大)

    *******

「あれ?」
浩大は後宮の屋根の上に寝転んでいた身をすっと起こした。空はまだ明るい。ここは白陽国王珀黎翔のたった一人の寵妃である夕鈴が住んでいる後宮である。瀟洒な建物が回廊で繋がれ道を知らぬ者が入ってくれば迷い込むような広さがある。朱塗りの柱と白い壁が続くその回廊に夕鈴が一人でこっそりと忍び出たのが見えた。
「お妃ちゃん…どこにいくつもりなんだ?」
浩大は口の中でつぶやいた。
つい最近、浩大と夕鈴は珀黎翔に内乱をたくらむ貴族にさらわれるという奇禍に遭遇したばかりである。そのときに夕鈴の身を守るため浩大はわが身を投げ出し男たちの暴行を受けることになった。その折の傷を癒すため、しばらく後宮を離れていたのだがようやく傷も癒えて(実際にはまだ完治というわけにはいかなかったが何しろ白陽国は人材不足である。特に浩大のような特殊技能を持つ隠密は少なく、その隠密の中でも頂点に位置する浩大は長く休んでいる暇はない)戻ってきたばかりだった。
珀黎翔に挨拶をした後早速夕鈴の護衛を命じられ、浩大不在の折に護衛を担当していた隠密から引き継いだところである。
どこかきりのいいところで夕鈴の前に現れて戻ってきたんだと知らせるつもりの浩大だった。すぐに夕鈴の目の前に姿を見せなかったのは、夕鈴が暴行を受けた直後の浩大を見ているためである。傷はもうふさがっているのだが殴られた後はいっそうひどい色になっている。これが目立たなくなるまではまだ数日はかかるだろう。ある程度直ってからでないと夕鈴が気にすると浩大は気を回したのである。
「もしかして掃除婦のバイトかな…?」
夕鈴は自分は臨時花嫁で掃除婦のバイトの方が本業だと思っているようだがそれは違う。珀黎翔が本当に大切にしている少女だった。掃除婦を続けられるのも珀黎翔が夕鈴の望みを尊重しているからである。
「まあ…わかる気もするけれどね」
浩大は口の中でつぶやいた。夕鈴は浩大のような過去を持つ男が見ても愛らしくて守ってやりたいと思うような少女だった。そうでなければ生死の危険がある敵地で自分の素性を明かすようなことはしない。
夕鈴は足早に歩いていく。何か目的があるようだ。ひらひらと後宮の屋根を伝ってその後についていった浩大はふと眉をひそめた。
夕鈴と自分しかいないと思ったこの空間に異質な気配が紛れ込んできたのだ。
(ふうん…)
浩大はわずかに口元をゆがめた。
夕鈴が一人で居間を離れたと知ってやってくるあたりどうやら後宮の女官に敵に内通している者がいるようだ。そちらは後で李順に報告しておかねばならない。
だがここはひとまずあたりを取り囲んでいる敵を追い払うことだろう。どこに潜んでいる。浩大は気配をさらに探った。
複数の敵だ。その内の一人はなかなかの手だれのようだ。大体後宮の奥深くまで入ってきたというだけでかなりの腕前といえるだろう。夕鈴が気づく前に始末しておきたい。
殺してもいいならすぐにもやれるのだが、珀黎翔には夕鈴をおびえさせるなと厳命されている。
浩大は一動作で手の中に小刀を滑り出させた。
まずは先手必勝だ。最初に投擲した小刀は思ったとおりの光跡を描いてもっとも腕のいい男の潜む柱へと突き刺さった。
はっと気配が飛びのくところへ続けざまに小刀を打つ。
最初の男を退けて夕鈴の方へちらりと視線を送ると夕鈴が中庭へと降りるところだった。
浩大と侵入者の気配にはまったく気づいていないようだ。
「王の隠密か」
押し殺した声が聞こえた。ようやく浩大の存在に気づいた男たちが先に浩大を始末しようとあたりを押し包んできた。
「ま、そういうこと。逃げるなら追わないぜ?」
そう言ってやったが小柄な浩大を侮ったのか、男たちはぎらぎらとした目を見交わした。
「…ここまで来て逃げると思うか?。相手は一人だ、やれ!」
「馬鹿だねえ。力の差がわからないのか?」
そう言いながらもう一度浩大は夕鈴へと気を配る。おとなしく夕鈴は中庭で木を眺めている。
安心して浩大は襲い掛かってきた男たちの方へと注意を戻したのだった。

    ******

夕鈴は目の前の見事な木を見上げていた。冬にも分厚い葉をつけているその木には見覚えがある。滋養強壮に効くのだ。さすがに後宮の庭だけあってさまざまな薬効のある木々が惜しみなく植えられている。夕鈴を守って怪我をした浩大は王都まで夕鈴を送ってきた後、李順によれば医務室送りになったらしい。いつも笑顔でいたし囚われていた時も浩大は夕鈴を気遣ってばかりいた。
本当はお見舞いに行きたかったのだがそれは李順にとめられている。ああいうタイプの男は自分が弱っているところは見られたくないものですよと李順はいい、珀黎翔も特にコメントしなかったので本当にそうなのだろう。
思えば浩大と珀黎翔はよく似ている。本当は優しい心を持っているのにそれを他者には見せないところとか。自分の安全を省みないところとか。
そろそろ戻ってくるかもしれないと思っているのに。あのいつも飄々とした笑顔の隠密は現れない。実は夕鈴が一人でいると何かと現れて話し相手になってくれていたのだと、こうして浩大が現れなくなって夕鈴は気がついた。
この葉をせんじて浩大のところへ持っていってもらったらどうだろうか。少しは体が楽になるかもしれない。手を伸ばしたが届かない。後宮の庭には木の橋がかけられていてその上からなら届きそうだった。橋の一番高い場所から青々とした肉厚の葉へと手を伸ばす。
伸ばした指先に葉が触れる。
この葉を手にしたのは二度目だった。珀黎翔のためにと思って市場で買い求めその場から夕鈴は浩大ともども連れ去られたのだ。夕鈴の身代わりとなって男たちに暴行を受けた浩大が気を失って牢に投げ込まれたときのことを思い出し夕鈴はわずかに身震いした。
ふと夕鈴はバランスを崩した。
「…っ!」
視界が反転する。足が滑り乗り出した橋から体が下へと落ちたのだとわかったのは空が見えた時だった。思わず悲鳴を上げながら夕鈴は目を閉じてしまった。
「…お妃ちゃん!」
声が耳元で響いた。体を抱きかかえられる感触。
そしてどさっと体が地面を打つ音。だがその割にどこも痛くなかった。ややあって声が聞こえた。
「お妃ちゃん、大丈夫…?」
その声に夕鈴は目を見開いた。体ごと夕鈴は地面の上に倒れていた。だがどこも痛まないのはどこからか現れた浩大が夕鈴を抱えて自分の体を盾にしたからだった。
「…浩大、浩大なの!」
「そうだよ、お妃ちゃん」
聞きなれた声だった。そう言いながら浩大は体を起こすと夕鈴をゆっくりと立たせてくれた。浩大自身は地面の上に座ったままだった。
「よかった!。戻ってきたのね!」
「そうなんだけれど…お妃ちゃん。危ないよ?」
苦笑する浩大の声。
「冬の橋は滑りやすいんだから。俺が間に合わなかったらお妃ちゃん怪我をしていたよ」
「…ごめんなさい」
一度謝ってから夕鈴は顔をあげた。
「それに助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
にっこりと浩大が笑う。その笑顔は変わらなかった。
「お妃ちゃん、ここは寒いし…居間に戻りなよ」
「…浩大は?」
「俺はもう少ししたら行くよ」
何でだろう。そう思い、夕鈴は思い当たった。あの橋から落ちて夕鈴が何も怪我をしていないというのは浩大が自分の体で夕鈴を受け止めたからだ。
「…怪我をしたの!」
浩大が言わない意味に気づいて夕鈴は地面に座り込む浩大の傍らに膝をついた。
「いやちょっと間に合わないかと思って無理な姿勢で受け止めたからな」
浩大が苦笑する。
「大丈夫。たいした怪我じゃないよ。ちょっとねじっただけ。すぐ直るよ」
「ごめんなさい」
「だから謝らなくていいって。…お妃ちゃん。寒くなるから居間にもどりなよ。もう一人で戻っても大丈夫だからさ」
その言葉には含みがあったのだが夕鈴はその意味には気づかぬまま浩大を見つめた。
「近くに部屋があるわ」
こういうときは後宮の掃除婦をしていてよかったと思いつつ夕鈴は言った。
「一緒にそこまで行きましょう。体を休めて。お医者様を呼んでくるわ」
「俺は隠密だよ?。医者はいらないよ、お妃ちゃん。…でもまあ」
浩大は譲歩した。
「その部屋まで案内して?。そこでちょっと休んだら戻るからさ」
たぶんそれはそういわないと夕鈴がいつまでもこの冬空に中庭から動かないと思ったからだろう。浩大はそういうところ人の心をよく読むタイプだった。
「私の肩につかまって」
「それは…だめでしょ」
浩大は苦笑する。そしてゆっくりと立ち上がった。
「うん。いけそうだよ。それじゃ案内を頼むね、お妃ちゃん」
浩大の言葉にうなずいて夕鈴はゆっくりと歩き出したのだった。


「浩大の受難」2014,1,26東京コミックシティ発行
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