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「記憶のカケラ」初期再録集2に再録(2013,6,30東京コミックシティにて先行頒布)

珀黎翔×汀夕鈴
暗殺者に襲われ
夕鈴をかばう珀黎翔に
剣が振り下ろされるのを見る
目覚めた時、夕鈴は・・・

 記憶のカケラ
******

 「……夕鈴、夕鈴……!」
 ひどく切迫した呼び声が聞こえる。
 ぐらぐらと揺れるような感覚。痛みはない。だが、体中がしびれたようになって目が開けられない。
 「夕鈴、目を開けてくれ……!」
 なんと悲痛な声だろう。そんな声をしなくてもいいのに。すぐに目を開けるから、そんな悲しそうな声をしないで。
 夕鈴は目を開けようとしたが、まだ目は開かなかった。
 「夕鈴……」
 かすれた声。手を握られたような気がする。だが、せめて握り返そうとした夕鈴の手には力がなく、そのまま滑り落ちかけて再び握り込まれた。
 「陛下、陛下もお手当を……」
 傍らで誰か女の声が聞こえる。
 ああ、これは夕鈴付きの女官の声だと夕鈴は気がついた。
 (女官……?)
 どうして女官なのだろう。女官といえば王宮で王に仕える女たちだ。
 「陛下、血が……」
 上擦った女官の叫び。
 「私は大丈夫だ、夕鈴……!」
 会話がひどく遠く聞こえる。
 (……陛下……?)
 何のことを話しているのだろう。
 ここは白陽国。陛下と言えば、ただ一人。若くして王位を継いだ珀黎翔のことのはず。
 麻のように乱れた国内を徹底した粛正で建て直し、経済復興を強行に押し進める名君。
 剣をとっては比類なく、幾たびもの戦場ですべて勝利をおさめてきた文武両道の王だった。
 「お妃様に、外傷はございません。陛下がその御身で守られたのですから、大丈夫です」
 やはり冷静とは言いがたいものの、李順の声が聞こえる。
 「陛下、李順様、医者が参りました!」
 駆け込んでくる女官の声。
 「陛下、ここは……」
 「わかっている。医師に任せよう」
 (陛下……?。李順……さん……?)
 その名前は夕鈴の意識を滑り落ちていく。
 李順とはいったい誰だろう。それに陛下とは。
 「陸武省の長官を呼べ。王宮内緊急配備。侍従や女官たちには禁足令を発令せよ……!」
 次々と指示を出しながら遠ざかっていく声。
 (あの声は……誰……?)
 だが、その疑問に答えるものはなく、一度さめかけた夕鈴の意識は再び闇の中に滑り落ちていってしまったのだった。

    ******

 予想もしない襲撃から数時間後。珀黎翔は王宮の執務室にこもっていた。王宮では不要な出歩きはしないよう禁足令が触れ回され、要所要所には兵が出て、治安維持につとめている。
 「……それで、状況は」
 口火を切ったのは珀黎翔だった。答えるのは先ほどまで情報収集に当たっていた李順だ。
 「陛下のご指示により、王宮は即刻封鎖し、賊の方は追いつめたのですが残念ながら死亡しておりました。やはり陛下の一太刀が致命傷となった模様です」
 「そうか……手加減できなかったからな」
 珀黎翔は残念そうにつぶやいた。それは賊の死によって真実を暴けなくなったことへの無念が込められていた。
 「目の前で夕鈴殿が倒れたのですからお気持ちはお察しいたします」
 李順は眼鏡を押し上げた。
 「ただ、これで黒幕を探し出すことができなくなりました」
 その李順の声に潜む非難の色を聞き流し、珀黎翔は問題になる点を口にした。
 「……まだ相手が次の手を打ってくる可能性があるということだな」
 冷ややかな珀黎翔の言葉だった。その声には苛立たしさが感じられる。
 「ご賢察の通りかと」
 「相手の思いのままにはさせぬ」
 珀黎翔のまなざしは鋭い。まさに乱れに乱れた国内を強い意志をもって粛正した狼陛下の目である。
 執務が終わり、ちょうどお昼時のことだった。後宮へと帰ろうとしていた夕鈴と珀黎翔が回廊ですれ違った時、侍従を装って入り込んでいた賊が珀黎翔に切りかかったのだ。
 夕鈴に逃げるように声を投げ、珀黎翔は刺客のその一撃を剣を抜きあわせて受け止めた。
 だが、相手も白昼襲いかかってくるような刺客である。賊はなかなかの手だれだった。
 一合、二合。
 きらめく白刃が翻る。
 数合を打ち合うことになったのが災いしたのだ。最初から切って捨ててしまえば、こんなことにならならずにすんだ。
 珀黎翔は苦々しく思い返す。
 数合を切りあって、とても珀黎翔を殺せないと悟った賊が逃れようした。
 その走り去ろうとした方角が、夕鈴の逃げた方向だったのだ。
 夕鈴を殺そうとしたわけではなく、退路を切り開こうとした賊の剣が、夕鈴をなぎ払った。
 「あのときは……」
 珀黎翔の回想に割って入ったのは李順の声だった。
 「まさか夕鈴殿の方へ逃げるとは思いもしませんでしたが」
 「そうだな」
 珀黎翔は口元を引き結んだ。
 だが、夕鈴はその剣で切られたわけではない。
 悲鳴を上げた夕鈴をみた珀黎翔はとっさに己の長剣を投擲したのだ。
 「久しぶりに陛下の本気の剣技を拝見しましたよ」
 「……」
 珀黎翔の技量をもってしてもぎりぎりのところだった。珀黎翔の投擲した長剣は、見事振りかざされた賊の剣先を狂わせたのだ。
 剣先ではなく、賊の体にはねとばされた夕鈴は回廊に頭部を強打した。
 倒れた夕鈴に再び賊が剣をふるおうとしたが、その時には珀黎翔が間に合った。
 自らの体を夕鈴と賊の間に割り込ませる。
 珀黎翔は賊の剣を左腕で受けながら右手で地に転がった長剣を拾い上げる。そのまま横一文字になぎ払った。
 あの時の場面を思い起こしたのか李順がわずかに身震いする。
 「陛下、無事にすんだとはいえ、もしも賊が刃に毒を塗っていたら陛下は助かりませんでした。どうぞご自重を」
 「……わかっている」
 珀黎翔はうなずいた。
 そうだ。わかっている。
 今この国は強い王を失うわけにはいかないのだ。
 王が失われたら、再び国は乱れるから。平和な国を守り続けるには珀黎翔が倒れるわけにはいかない。
 「陛下が怪我をされたのですから、事情を公布しないにしても宮中にはある程度の説明をしないわけにもいかないでしょう。いかがなさいますか」
 「襲撃を受け、怪我を負ったぐらいは知らせよう」
 珀黎翔は満足げにうなずいた。
 「陛下の怪我の程度は気にする者もいましょうが……」
 「気にさせておこう。……執務には無理のない範囲だとしておけばいい」
 珀黎翔はあっさりと言い放った。
 「実際こうして政務をとっていらっしゃいますし。……それで黒幕にはなんと手を打ちましょうか」
 「それが問題だな」
 珀黎翔は眉をひそめた。
 「この黒幕は絶対にあばきだしてやる。王宮内に賊が入り込むなどあってはならないことだ」
 「おっしゃるとおりです」
 李順はうなずいた。それに珀黎翔がわずかに目を細めて問いただす。
 「賊が死んだことは知られているか?」
 「いいえ」
 首を振って李順は珀黎翔の言葉に答えた。
 「やはりそこが問題になるかと思いまして、箝口令をしいております」
 「けっこうだ」
 珀黎翔は低くつぶやいた。顔を上げて李順へ鋭いまなざしを向ける。
 「まず暗殺者の生死を気にするような者がいないか注意を」
 「心得ております」
 「まあ……私なら絶対にそんな疑われるような行動はとらせないが……ここで、暗殺者の生死を尋ねるような者が相手ならたやすくことは運ぶだろうな。……氾大臣だったらけっして暗殺者の生死を尋ねたりはしないだろう」
 「陛下は……氾大臣が今回の黒幕だとおもっていらっしゃいますか?」
 李順の問いに珀黎翔は首を振った。
 「あの人がこんな見え透いた手を打つとはまったく考えられないな。私を暗殺するならば、氾大臣が使う手は毒だろう。あのように暗殺者を送り込んでくるとは考えられない。……一度のミスを繰り返すような人じゃないからね」
 「では……氾大臣以外の誰か……」
 「そういうことになるな」
 珀黎翔は肩をすくめた。
 「ここで暗殺者の生死を尋ねるような愚かな真似をしようとはせず、次の手を打ってくるようならもう少し犯人像が絞れるんだが……」
 「……陛下を敵に回すのは恐ろしいと、いつになったら貴族どもは学習するのでしょうね」
 李順が思わずしもといった口調でつぶやいた。
 「お前……それを夕鈴の前で言ったら冗談じゃすまないぞ」
 珀黎翔の中で不意に子犬陛下へと切り替わったらしい。夕鈴が倒れてからずっと狼陛下のままだったのだ。険しい表情だった李順が顔を上げ、そしてほっと息を吐いた。
 「ご安心ください。私も命が惜しいですから」
 李順はしれっとして答える。
 ちょっとだけ微笑んで、珀黎翔は再びナチュラルに狼陛下へと切り替わった。
 「私が怪我を負ったと触れ回せば、手負いなら倒せるかもしれないと考えるだろう。そしてもう一度となるだろうな。そこで賊を捕らえ、黒幕を暴き出す」
 「かしこまりました」
 「……それで、夕鈴の方はどうだ」
 幾分ためらいがちに珀黎翔は尋ねた。
 「後宮へとお運びしました。侍医が付き添っており、警備の方も徹底しておりますが……まあ今回は夕鈴殿の方は次の攻撃にさらされる可能性は少ないかと思われます」
 「…………」
 「陛下がターゲットだったことは明らかですし」
 「夕鈴を巻き込んでしまったな……」
 「率直に申し上げて、夕鈴殿が本物の妃となれば狙われる可能性はさらに高まります」
 「……わかっている」
 「今はまだ目が覚められていないとのことですが、基本は体を強打なさったことによる昏睡という見立てですから大事ないでしょう。……陛下、後宮へお渡りになるのはお控えくださいよ。怪我を負ったはずの身で、実際怪我をされているのですし、後宮へなどいかれては今回敵をおびき出そうという策が崩れます」
 「……わかっているさ」
 「結構です。ではそちらにおいておいた書類の方、よろしくお願いします」 
 李順は頭を下げて出ていったのだった。

   *******

 王宮内の一室。
 ひそひそとささやき交わす男の声が聞こえていた。
 「それで、王の容態はまだはっきりしないのか」
 「少なくとも怪我は負っているはずです」
 答えたのは男に仕える家人である。
 男は白陽国の大貴族の一人だった。王宮に伺候し、珀黎翔の朝儀に参列し、王宮に自分の部屋も持っている。
 王宮内に部屋を賜るのは大貴族の証だった。
 前王の時は権力をほしいままにしてきた男は、代替わりによってその権力の座を追われた一人である。
 「それはわかっている」
 男はいらだたしげにうなずいた。
 「王の朝儀が中断したからな。賊に襲われ怪我を負ったとも聞かされたが、奥で休んでいるとはいえ、通常と変わらぬ執務量をこなしているぞ」
 「側近の李順が代行している可能性もありますが」
 「あの狼陛下が自分以外の者が政務をとることを許すと思うか」
 男は首を振った。
 「私はそうは思わん。少なくとも政務の最終決定を行うぐらいは……意識はしっかりしているということだろう。これで火がついたのはこちらになった」
 男は手を握りしめ、そして自分の手がわずかにふるえていることに気づいて口元をゆがめた。
 「旦那様」
 家人は主から目をそらす。
 「暗殺者は戻ってきませんでしたが、捕らわれたかどうかも王宮内では秘されてわかりません。……しかしその暗殺者から旦那様の素性がばれるかどうかは……」
 「それが一番恐ろしいのだ」
 男は首を振った。
 「王は己を裏切った者は許さぬ。王都を追放されるぐらいならまだいい。秘密裏に処刑された者だっている。狼陛下の二つ名は伊達ではないのだ」
 「…………」
 家人は黙り込み、おそるおそる口にした。
 「では、こちらを突き止められる前に王宮を出て地方へと落ち延びますか」
 「王の手がこちらに及ばないうちに……というわけか?」
 男は首を振った。
 「王がそれを許すと思うか。あれは凡庸な王ではない。武で鳴らしたコウ家を味方に付けただけのことはあるのだ。今王宮を逃げだせば、黒幕は私だと言っているようなものだ」
 「では……いかがいたしましょう」
 それほど恐ろしい狼陛下を暗殺しようとたくらんだ時点で主の理性を疑わずにはいられない家人だった。だが、そう口にすれば己の身が危ない。このまま主に従うしかない。だが、恐ろしい狼陛下を敵に回しどうすればいいのか最後の判断はやはり主に任せる以外の方法はない。
 男は小さく息を吐いた。
 「今は息を潜めて……状況を見守るしかない。暗殺者がどうなったのか突き止めようとしてはならん。それもきっと……王は待ちかまえているだろう」
 「かしこまりました」
 家人は深く一礼し主を残して部屋を出た


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珀黎翔×汀夕鈴

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