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「禁断」初期再録集5に再録(2014,3,16に発行予定)
珀黎翔×汀夕鈴
珀黎翔には最愛の妃がいた
これはその妃との出会いにまつわる秘密、
王家の血に秘められた謎を解き明かすものである・・・

禁断
    ******

ここは白陽国。先代の王から代替わりした若き王珀黎翔が治める国である。汚職官僚を追放し内乱を自ら兵を率いて平定した王は冷酷非情、戦場の鬼神と恐れられた。これは冷酷非情な王が後に最愛の妃として迎える姫と出会う隠された王家の歴史である。今日も白陽国王宮の執務室は水を打ったように静まりかえっていた。王の怒りを恐れてか誰もが頭を垂れて己の差し出す案件の決済が終わるのを息を詰めるようにして待っている。
「…ではこれで午前の件はすべて終わりました」
王の側近をつとめる李順の言葉に張りつめた空気がわずかにゆるむ。
「わかった」
うなずいて王は椅子から立ち上がった。珀黎翔が李順を従えて執務室を出て行くと執務官たちはようやく緊張から解き放たれて息を吐いた。
「…陛下は優れたお方だが…」
「どうしてこう…」
恐ろしいのか。その続く言葉は口に出ることはない。
自ら剣を携えて外敵を討ち果たす王の武勇は知れ渡っている。美貌で知られた生母の血を色濃く引いた珀黎翔は一見なよやかにさえ見えるのに、そのまなざし、眼光の鋭さ、放つ気配の猛々しさに誰もが恐れひれ伏す絶対君主でもあった。理不尽に人を殺めることも、不条理に人を罰することもないが、汚職官僚を追放するその徹底した粛正は王を恐れるにあまりある材料だった。貴族の身分も王の怒りから身を守ってはくれない。もっとも、恐れられながらも多くの人々は、国が前王の時代よりも過ごしやすくなったと新しい王を歓迎していた。
執務官たちが出ていった頃、王の居間では珀黎翔が椅子に座りくつろいでいた。
王の為にお茶などを用意するのは本来女官の仕事である。だが、その女官の給仕を断って珀黎翔にお茶を入れていたのは李順だった。
「どうぞ、陛下。お疲れさまでした」
文官だけあって李順のお茶を入れる手さばきは見事である。もっともそのお茶を差し出す手つきはまったく心がこもっていなかった。
「お前な…」
差し出された茶器を受け取りながら珀黎翔がため息をつく。
「もう少し僕を労ろうという気はないのか」
「こういう戦略を選んだんですからしかたありません」
つけつけと李順は答えた。
「恐れられる王か、親近感をもたれる王か。陛下奈良どちらの王になれたのですから恐れられる王を選んでその結果女官が寄りつかなくなったとか、粛正のおかげで毒殺されかけたことが多すぎてお茶さえ私が入れなければならなくなったとか、すべて陛下の選択ですから」
珀黎翔の気配も、戦場の鬼神と呼ばれる王に対する李順の態度も執務室とはずいぶんと変わっていた。それも道理である。珀黎翔は生まれながらに冷酷非情の専制君主だったわけではない。年相応の若さと柔軟な優しさも持っていた。だが、前王の時代に麻のように乱れた国内を見て王に即位した時に珀黎翔は怖く、恐れられる王を演じようと決めたのだ。もちろんその強靱な意志も、剣をとって戦うだけの力も、珀黎翔がもっていたために可能になった演技である。そしてそれは演技だけではなく珀黎翔の本性でもあった。しかし、こうして李順と二人きりでいるときには、珀黎翔は年相応の笑顔を見せる場面もあったのだ。
「それはわかっているけれどさ」
珀黎翔は肩をすくめお茶を一口飲んだ。幼少から側近く仕えてきたという気安さもある。李順は自分もお茶を手に取り、確かめるように一口飲んだ。
「まあまあでしょうか」
「うまいよ。李順もお茶を入れるのうまくなったな」
そう言いながら珀黎翔は李順にも座るようにと手を振る。うなずいて李順は珀黎翔の斜め向かいの椅子に座った。
「もしも陛下がお妃様を迎えられましたら、この手順を伝授させていただきますよ。毒が入れられているかどうかを判別するすべもね。きっと陛下は生涯敵に命を狙われる生活を送られるでしょうからね」
「あまりぞっとしないが」
珀黎翔は肩をすくめる。
「それに、生涯お前にお茶を入れてもらうというのもな」
珀黎翔の言葉に李順はにっこりと笑って片手で眼鏡を押し上げた。
「それが嫌でしたらさっさとお妃様をお迎えになることですね」
「そして外戚を持つのか?」
露骨に珀黎翔は嫌な顔をした。
「外戚が権勢を持つことを私は望まぬ。仕方ないな。私は生涯孤独な王で過ごすさ」
「お世継ぎ問題は早々先送りはできないのですが」
李順はため息をついた。
「ですが、まずは国内平定が先でしょうね」
「まったくだ」
うなずき珀黎翔はわずかに眼光を鋭くした。
「ところで…例の王家の落とし種という子供の件はどうなった?」
「……」
口を開く前に李順はあたりを見回した。
「大丈夫だ。今この部屋の周りに人の気配はない」
「陛下がそうおっしゃるのでしたら大丈夫でしょうが…」
李順は口許を引き結んだ。
「調査は急がせていますが、まだそれにつきましては足取りをたどっている状態です」
「そうか」
二人が口にした王家の落とし種というのは血筋を調査していくにつれて発覚した重大な秘密に由来する。白陽国は長子存続制である。珀黎翔の父、そして兄が王位を継ぎ、珀黎翔に代替わりした。だが、ここで重大な事実が発覚したのである。珀黎翔の父には姉がいて、その姉は生母の身分が珀黎翔の父王よりも低く、後宮の勢力争いに破れて母子共々幼くして亡くなったと記録に残っている。だが、それは間違いだった。命を危険を感じた妃は子供をつれて逃げたのだ。その事実を珀黎翔が突き止めたのは、自分に仕掛けられた暗殺者をとらえ、尋問しているときのことだった。
「その子供、私にとっては伯母にあたるわけだが、その伯母を担ぎ出して内乱を起こそうとはな。見逃すわけにはいかない」
「その者がこれこれこうと証拠をもって名乗り出てきたらいかがいたします」
「残念だが…」
珀黎翔は口許をゆがめた。
「その者が公の場に名乗り出ることはない」
「陛下」
わずかに李順は声を落とした。
「秘密裏に…葬るしかないだろう」
珀黎翔の言葉はこの話題にでている者に罪なくして死を与えるという意味だった。李順は探るように珀黎翔に視線を向ける。
「それが正しい判断であると同意いたしますが」
李順はひっそりとつぶやいた。
「陛下は本当にそれでよろしいのですか?」
珀黎翔は戦場の鬼神、冷酷非情と恐れられる王だったが、同時にきわめて公明正大な王でもあった。それは珀黎翔の資質でもあり、罪なき者に死を与えるというのは珀黎翔の本来の考え方からすればあってはならないことだった。
「正しい判断であるはずはない」
珀黎翔は低く答えた。
「この一点だけでも私はこの国を治めるにふさわしい王であると胸を張ることはできないだろう。だが…私の王としての矜持は捨てても、この国の平和のために成すべきことは成すだけだ」
「……」
本当にその場面になった時、おそらく珀黎翔は己の中の慚愧の思いを押し殺し、無情に剣を振るうのだろうと李順にも理解された。だが、きっと生涯その人知れぬ殺人は珀黎翔の心をむしばみ傷つけることだろう。だがそれでも珀黎翔は国の平和を優先する覚悟だった。
「では隠密に探索させましょう。そして見つかれば人知れず死を与えます」
苦しむことがないようにと李順は付け加えたが、珀黎翔は首を振った。
「その者が見つかったならば、手に掛けるのは私がする」
「陛下」
「恨み言は聞かねばなるまい。そして私が死んだ後にはいくらでもあの世で報復するがいいと答えよう。だが、少なくともその死が無駄ではないことを伝え、その命の重さを生涯私が購うことを伝えたい」
「…かしこまりました」
珀黎翔の言葉に李順はうなずいた。
「では隠密を指揮して調査にあたらせます」
「任せる」
これは王国の最重要の秘密だった。知るものは少ないほどいい。
「私はこの後はこの件にかかりますが陛下は…?」
李順の問いに珀黎翔は口許をわずかにゆがめる。
「城下町の視察に」
「…では誰か護衛をつけましょう」
李順は眉を寄せた。代替わりの争乱を乗り切ったところである。珀黎翔の力量を試そうと暗殺者が送り込まれてくるのは一度や二度ではなかった。
「いや、いい」
珀黎翔は首を振った。
「陛下」
「一人で行く」
「この前視察に出かけられた時も暗殺者に襲われたことをお忘れですか?」
とがめるような李順の言葉に珀黎翔はにやりと笑みを浮かべて見せた。
「それこそがねらいだ。何しろ暗殺者が襲ってきてくれれば敵を簡単に見つけだすことができる」
珀黎翔の言葉に李順は眼鏡を押し上げた。
「陛下が自ら囮になられるのは賛成しませんが」
「まだ私は手駒が不足しているからな」
珀黎翔は肩をすくめてみせる。
「自ら囮をつとめるのも仕方がない」
「陛下の御身が無事であることがこの国の平和のために大切であると承知しておられるのなら私が何を申し上げることも必要ありますまい」
李順は目を瞬くと手元の書簡をくるくるとまとめた。
「では、また明日ご報告に上がります」
「執務形態も整えていかねばならん。お前には存分に働いてもらうぞ」
「それはかまいませんが。宰相殿は信用のおける方のようです。ある程度はそちらにも肩代わりをお願いしたいところですが」
「あの宰相か」
珀黎翔は目を瞬いた。周康蓮は先代からの宰相だが、官僚の汚職とは関わりがないことはもう調査済みだった。まだ代替わりしたばかりで執務の中枢は珀黎翔にとって信頼のおける者が中心になって行っているがやがては国を支える官僚たちを育てていかなければならないこともわかっている。
「やるべきことは山積みだな」
「まったくもっておっしゃるとおりです」
李順はつれなかった。
「それだけによけいな仕事は増やさないようにお願いいたしますよ」
「わかっている。暗殺者が襲ってきたらさっさと視察を切り上げて王宮に戻ってくるさ」
珀黎翔の言葉にうなずいて今度こそ李順は王の居間を出て行ったのだった。

     ******

先代の王は珀黎翔の兄だったが遊興を好み、汚職官僚の言いなりになっていたため国内は乱れ疲弊した。新たに王に立った珀黎翔により国内の改革は押し進められていたがまだ市場の活性化は城下町に限られている。それでも市場に物が増え、治安もずいぶんと安定してきていて珀黎翔は民を装って市場をのぞき込みながらもほっとしていた。
「あら、お兄さん、いい男だねえ」
店先で客を呼び込んでいた女に声をかけられる。
「ありがとう。いい香りだね」
この珀黎翔を王宮に仕える者たちが見たら驚いただろう。狼陛下と恐れられ、冷酷非情とささやかれる珀黎翔は笑顔までもが凍り付くようだと言われているのに今の珀黎翔は違っていた。
にっこりとほほえむ珀黎翔は年相応の若者に見え、さらには声をかけた売り女がうっとりと見とれるほどの愛嬌があった。
「一つ買っていかない?。取れたての果物だよ」
「これはおいしそうだ」
差し出された果物を珀黎翔は手に取った。対価を払おうとすると女は手を振る。
「いいよ。もらっていきな」
「それじゃ女将さんが損をするだろ」
「大丈夫だよ。今の王様は無体な税の取り立てもなさらないし、これぐらい大丈夫。もっとも地方に行けばまだ税も厳しいし、こんなサービスができるのも王様のお膝元だからなんだけれどね」
「ふうん。女将さんは地方にも行商するの?」
珀黎翔はしばらく店の女主人と話し込んだ。二重に税を取り立てているという地方の領主の名を聞き出して珀黎翔はうなずく。
「これはありがとう。これはもらっておくけどもう一つはちゃんと買わせてもらうよ」
もう一つ珀黎翔は果物を手に取ると女主人に少し多めにお金を握らせる。
「これはうれしいけど。こっちがサービスしてもらったようなもんだねえ…本当にあんた、いい男だね。王都に商売に来てよかったよ。ここは商売をしていても安全だし。新しい王様はいい王様だよね」
「狼陛下だの戦場の鬼神だの言われているけれどね」
珀黎翔はわずかに口許をゆがめた。それには気づかぬ様子で女主人は片手を振る。
「何を言っているのさ」
女主人は声を潜めた。
「私らにとってみれば安心して商売できて高い税をとらなくて、国を平和にしてくれる陛下が一番だよ。そりゃあ王宮のお役人には怖いだろうけれどね」
「そうそう」
話題に加わってきたのは隣に露店を出していた女だった。
「どんな方が王になっても私らはただ従うしかない。王の血を引かれる方だったらね。でも今度の王様は私らの暮らしにも気を配ってくださるんだから本当にありがたいことだよ」
「王宮のことはよくわからないけれどね。若くて強くて怖い陛下だって聞いているけれど、でも私らには雲の上の人だし、こんなに市場が栄えているのは陛下のおかげなんだから、あんたも噂を鵜呑みにしてちゃだめだよ。新しい陛下は良い方だよ」
「それを聞いたら陛下も喜ぶと思うよ」
珀黎翔はうなずいてみせた。そして新しい客が来たのをきっかけにその場を離れる。
しばらく行くと路地を曲がる。表通りの混雑に比べ、やはり路地には人の通りが少ない。さらに迷うことなく奥へと入っていくと珀黎翔は立ち止まった。
「…一人で大丈夫だと言ったはずだが」
誰もいない不思議な静けさの中、不意に人の姿が現れる。その黒ずくめの小柄な姿は相手が隠密であることを明らかにしていた。
「そう言うと思ったけれどさ」
答えたのはまだ子供のような声だった。実際見た目はとても若い。だがその隙のない立ち姿、現れ方からしてもかなりの手練れであることは間違いなかった。
「でも李順にも立場があるんだろ。陛下につけられる隠密といったら限られているし」
「下がって良いぞ、浩大」
冷ややかな口調だった。
「怖いな」
言葉ほどにも怖がっていない表情で浩大がつぶやく。浩大は珀黎翔の即位前から従っている隠密だった。そして珀黎翔が身近に仕えることを許すだけあってその腕は一流である。
「…あんたも噂を鵜呑みにしちゃだめだよ。新しい陛下は良い方だよ。…まさかそうたしなめた相手が陛下だったなんて思いもしないんだろうな」
「そんなところから見ていたのか」
「俺の気配なんて気づいていたんでしょ。陛下だし」
浩大は肩をすくめる。
「でも、ここのところ陛下を追い落としたい貴族の猛攻が続いているからね。一人で城下町を歩くなんて李順からしたらとんでもないというあたりなんだろうし。それに…どうやら陛下の思惑通り、暗殺者もやってきたようだし」
最後の方は浩大はわずかに声のトーンを落とした。
「そのようだな」
珀黎翔は口許に冷ややかな笑みを浮かべる。
「そちらは私に任せてお前は李順の別件を果たすがいい」
「え?。一人で暗殺者に当たるの?」
驚いた表情で浩大は珀黎翔へ視線を移した。
「もうここにあいつ等やってくるだろうけれど、王宮を陛下が出たあたりからつけていた奴らが暗殺者だとすると一人じゃないですよ、陛下」
その手の中に魔法のように現れたのはしなやかな鞭だった。軽く浩大は鞭を振るう。
手の感触を確かめるような動作だったが、その鞭の先にあった朽ちた木の箱は一瞬にして砕け散った。
「陛下は確かにすごく強いけれど…でも剣はおいてきているでしょ。だから李順が俺を陛下の護衛につけたんだけれど…」
珀黎翔は肩をすくめて見せた。



「禁断」初期再録集5に再録(2014,3,16に発行予定)
珀黎翔×汀夕鈴




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