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「君を知らず恋をする」2014,3,16東京コミックシティ発行
珀黎翔×汀夕鈴
春コミに発行したばかりの新作です!
目の前に横たわる珀黎翔は動かない
あたりに倒れ伏す護衛兵たち
夕鈴は悲鳴をあげて珀黎翔の元へと駆け寄った…!


君を知らず恋をする
    ******

「…陛下!」
夕鈴は大声で叫んでいた。そのつもりだったが声はでなかった。
馬車の外でしていた音がすべてやみ、そして珀黎翔に押し入れられた馬車から夕鈴は震える足で大地の上に降り立った。あたりを埋め尽くす人馬はことごとく地に倒れ伏している。つい先程まで聞こえていた怒号、そして剣を打ち合う金属音。そのすべてが途絶えていた。
そして夕鈴の目の前で珀黎翔が横たわる。
「…陛下……」
その体の下からゆっくりと流れ出していくあの赤い色は何。
足がふるえ前に進めない。それでも夕鈴は必死に手を差し伸ばした。
「陛下…!」
ようやく珀黎翔の元へとたどり着く。普段なら珀黎翔はたとえ眠っていても夕鈴が触れたらすぐに目を開ける。それなのに今夕鈴が手を触れても珀黎翔の体は動かない。
「陛下…お願い、目を開けて」
夕鈴はささやいた。
喉はからからに乾いていた。指先が冷え切って感覚がない。それでも夕鈴は珀黎翔に手を伸ばす。
「陛下…!」
あの力に満ちた意志ある珀黎翔のまなざしは閉じられたままだ。
あたりに横たわる護衛兵たち。誰一人生き残った者はいない。襲撃してきた最後の一人は珀黎翔が倒した。だがその代償はどれほどだったのか。
「いや…」
夕鈴はふるえる声を絞り出した。
「いや…いやあああ…!」
叫んで夕鈴は珀黎翔の上に身を伏せたのだった。

   ******

ここは大国白陽国である。前王からの代替わりの内乱を自ら軍を率いて制圧した若き王珀黎翔が治める国である。珀黎翔は向武の王である。国内を制定した珀黎翔はその後は侵略戦争に乗り出すかと思われたのだが諸外国には内政不干渉を貫き、国内統治につとめていたことで知られる。また珀黎翔は後宮にたった一人の妃を迎えその妃を寵愛していることでも知られていた。
その王の執務室では今この国の内情を知る二人が顔をつきあわせていた。
「…さすがにそろそろ替え玉というのも難しくなってきたんじゃないの?。李順」
王の執務室の居間の床の上に座り込んでいたのは浩大である。目立たない色の服を身にまとった浩大は白陽国でも一二を争うといわれるほどの隠密で珀黎翔の直属でもあった。
「そんなことはわかっていますよ」
幾分頬がやつれたように見える。李順は口元を引きゆがめた。
「だったら…そろそろ陛下が襲撃されたこと、その場にいたものが皆殺しになっていたことを宮中にはっきりさせないといけないんじゃないの?」
「……」
李順は口元を引き結んだ。
浩大はちらりと李順へと視線を向けた。
「李順はさ…そろそろ宰相からもつつかれているんだろ?」
いつまで陛下の不在を離宮に行っているって取り繕うのかってさと浩大は言葉を続けた。
「…痛いところを」
李順は唇をかみしめる。
珀黎翔が朝貢国に招かれてその帰りに襲撃にあったことは現在白陽国内には伏せられている。もちろん主立った官僚や大貴族には言うしかなかった。
珀黎翔の行方不明についてははっきりしたことがわかるまでは伏せておいた方がいいという李順の言葉を宰相は受けいれた。そして宰相は珀黎翔の職務のかなりの部分を代行してくれている。
できれば貴族たちには珀黎翔が襲撃を受けて行方知れずになっている件は伏せておきたかったが完全に伏せることは出来るはずもない。
結局李順は氾家や柳家の当主にも珀黎翔の不在を告げるしかなかった。
すべての責任は自分でとる。そう明言して李順は氾家柳家のしばらくの沈黙を勝ち取った。
これでもしもどこからか珀黎翔が襲撃されたことが知れ渡ればその責任を負うのは李順ということになるだろう。
ある意味命がけの策でもある。
だが珀黎翔の不在を公にはできない理由が李順にはあった。
「…で徐克右からの報告は…?」
浩大の言葉に李順は口元を引き結んだ。
「陛下の遺体は見つからないと」
「そうか」
浩大は黒く大きな目を見開いて李順を見上げた。
「あいつが調査したなら確かな情報だろうな…」
一瞬ためらって浩大は言葉を続けた。
「お妃ちゃんは…?」
「付き従っていた女官の遺体は見つかりましたが、夕鈴殿の遺体も見つかっていません」
「…あのさ」
浩大は目の前の辺境軍からのつきあいである李順を見上げた。
「あんたが陛下の襲撃を伏せて捜査を続けているのは陛下がまだ生きているって思っているからだよな。でも…襲撃してきたやつらが陛下とお妃ちゃんを殺しその遺体を持ち去ったとは思わないのか?」
「思いません」
きっぱりと李順は答えた。わずかに浩大は声のトーンを落とした。
「それはなぜだよ?」
「遺体を持ち去るのはよほどの恨み、もしくはよほどの意味がなければあり得ません」
李順はゆっくりと自分の中の信念を確かめるようにつぶやいた。
「そしてそれほどの恨みがあるのなら、陛下の遺体を野ざらしにしたはず。夕鈴殿は陛下への報復のために連れ去ったということはもちろんあり得ますが二人そろって連れ去る必要はない。…そして、徐克右の報告ですが」
李順は手元の書類をめくった。
「襲撃者たちは野ざらしのまま何人も死んでいる。…おそらくは護衛兵たちと襲撃者の間では激しい攻防が繰り広げられたのです。もしも襲撃者の方が圧倒的に強かったのであれば襲撃者は仲間の遺体を持ち去ったでしょう。そうでないのなら…相打ちになったと判断するのが正しいのではないかと」
「希望的観測だよな」
きっぱりと浩大は切って捨てた。
そして幾分声のトーンをあげた。
「でもわかるよ。確かにそれはあり得ることだ。…で、陛下とお妃ちゃんの遺体がないなら二人は生きているはずだと李順は考えた。…それもわかった」
浩大はちらりと窓の外をみた。ここで話されている内容はあまりにも重大な秘密事項でありほかの人間に聞かれるわけにはいかない内容だった。
「外に隠密が…?」
外を浩大が見た理由を敏感に察して李順が尋ねる。
「いや、大丈夫だ。…で続きを話せよ」
浩大は隠密としては超一流だった。人が接近してくればそれがたとえ隠密だとしても接近に気がつく。李順は再び話し始めた。
「…ですがお二人が生きているのだとしたら問題点があります」
李順は眼鏡を押し上げた。この事態が発覚してから李順は不眠不休に近い状況で働いていた。だがまだ体力は持つ。珀黎翔の側近であり腹心でもある李順には休んでいる暇などなかった。
「どうして陛下はこちらに接触してこないのか」
「そんなの分かり切ったことだろ」
浩大はきっぱりと答えた。
「あのあたりは国境だ。陛下なら国境を踏破して白陽国へ戻ってこられるだろう。でもお妃ちゃんをつれて敵地…もうこうなったら敵地と言ってもいいよな?…敵地を抜けて戻ってくるのはなかなかの難事だぜ?」
「そうです。で、あなたに来てもらいました」
李順は眼鏡を押し上げた。
「わかってる。陛下を探しにいけっていうんだろ?」
浩大は肩をすくめた。
「どうせ俺は王宮関係に口を出すつもりはないし、陛下が行方不明となればあんたの計画に従うのが一番手っ取り早く陛下の元にたどり着けると思っているからね。いいぜ?」
「……」
浩大の言葉を聞いた李順はうなずいた。
「では克右の調査結果もお知らせしておきましょう」
「助かる」
李順は左手に徐克右の報告書を持ち浩大の側へと近寄る。
「これですよ、克右の報告書です」
「ああ…」
手を伸ばし浩大はその書類を受け取ろうとした。
「…!」
次の瞬間鋭くきらめく刃が翻った。不意に浩大の喉元に李順は隠し持っていた小刀を突きつけた。李順の手から書類が落ちて転がった。
「……」
浩大は黙ったまま目を瞬いた。李順は文官だがただの文官ではない。珀黎翔とともに戦場に出たこともある。踏み込んだ李順の小刀の刃は浩大の喉にぎりぎりに押し当てられている。動けばすぐにも刃が喉を貫く場所だ。
李順と浩大は互いの目を見交わした。幾分浩大のまなざしは鋭くなったが浩大は動かず声もださなかった。最初に口を開いたのは李順だった。
「あなたが…今回の陛下の視察に同行していなかったのはなぜです、浩大」
「……何だよ」
浩大は動かなかった。おそらく李順が小刀を抜く気配も察したはずだったが浩大は動かずに李順が小刀を喉元に突きつけるに任せた。それは自分が疑われるかもしれないと思っていてのことなのか。
ゆっくりと浩大は尋ねた。
「俺を疑っているのか?、李順」
「私は…」
李順は口元を引きゆがめた。
「だれが敵で味方なのかも判別できないんです。今回の襲撃は予測できないものだった。王宮の情報が…王の通る道筋が敵に漏れていたんです。最重要事項であるのに。…普通ならあなたは密かに夕鈴殿の護衛を陛下に任されているんですからこの視察にも同行していたはずだ。だがあなたは今回陛下の視察に同行することはなかった。どうしてです?」
浩大の喉元に押し当てた刃は揺らがない。真っ直ぐに李順は浩大を見つめている。いかなる嘘も許さないという鋭いまなざしだった。
「それは本当に偶然だよ」
浩大は肩をすくめた。喉元には刃を突きつけられたままだったが浩大はそれを押しのけるそぶりさえ見せなかった。
「久しぶりの休暇だったんだ。お妃ちゃんの護衛を外れていたのはほんの数日だよ。その数日に陛下がお妃ちゃんと視察に行くことは聞かされていたけれど、陛下が休暇をとっていいって言ってくれたんだよ」
「…」
まだ李順は動かない。真っ直ぐに浩大を見据えている。浩大は小さくため息をついた。
「俺が陛下を売って、この視察のルートを敵にもらし襲撃させたって思っているのか?、李順」
そう言い浩大は肩をすくめた。
「あんたが俺を疑っているのなら…俺にはあんたの疑いを解く術はないよ。陛下が俺に休暇をやろうといった時にあんたはいなかった。俺が本当のことを言っているという証明はできない。…どうしても俺が信じられないっていうんなら…俺が陛下を裏切ったって思うなら…」
浩大は一瞬口元を引き結んだ。
「俺はあんたは陛下の第一の側近だと思っている。あんたは陛下を裏切ることはないってな。この状況であんたに必要なのは敵に寝返ることは絶対にないって仲間だ。完全に信じられる奴を見定めなきゃあんたは動けなくなるんだろうな。あんたが動けないなら陛下を取り戻すことはできない。だから…いいぜ、李順。そのまま刃を引けよ」
浩大は動かず、無防備な喉をさらした。命を奪う刃を喉元に突きつけられながら、浩大の目はそらされることなくまっすぐに李順を見ていた。
「俺が裏切ったってあんたが本当に思うなら」
そのまなざしは揺るがなかった。
「…そうですか。わかりました」
そう答えて李順は浩大に突きつけていた小刀を外した。そして元通り鞘へと収めた。
「…わかった?」
浩大は眉をひそめる。
「俺を殺そうとしたくせに、俺の言葉をそんなに簡単に信じたってことか?証拠もないのに?。どういうことだよ。俺を疑っていたからこんなこと仕掛けたんじゃないのか?」
浩大の言葉には李順の振る舞いに憤慨した色はなかったが、なぜ浩大を信じることに決めたのかという疑問の色は隠しようもなかった。
「悪く思わないでください。浩大。さっきも言ったように私は誰を信じればいいのかわからない。でも」
一瞬李順は口元に笑みを浮かべた。それはこの事態が発覚してから初めて李順が浮かべた笑みだった。
「いまさらですが…私はあなたを疑うつもりはありませんでしたよ?」
浩大は肩をすくめた。
「ホントかよ。人の喉元に刃を押し当てといてさ。俺が無抵抗だったから、やっと俺の無実を信じてくれたってとこなんだろ?」
あんたに信用されていないとは今まで俺は思わなかったんだけれどさと浩大はつぶやいた。
ゆっくりと李順は首を振った。
「いいえ、あなたのことは最初から信じていましたとも。ですが徐克右だけ確かめてあなたを無条件に信用したら徐克右もやりきれないでしょう」
その李順の言葉に脇の扉から現れたのはあの軍属であり珀黎翔の密偵をつとめている徐克右だった。
浩大は目を瞬いた。
「…あんたか」
浩大の言葉に大柄な男はうなずいてみせる。今日はいつもの密偵の姿ではなく白陽国の軍人の衣服だった。徐克右は軍部の上層部ににらまれて密偵を命じられたりもしているが本来は高位の軍人である。
「悪いな。…俺としちゃ、いつもお妃様の護衛をつとめているお前がこの時に限って護衛を外れているなんて信じられないって言ったんだ」
それで李順がさっきの振る舞いに出たんだと徐克右は言った。
「だから…李順は確かに最初からお前を信じていたよ。お前を試すように言ったのは俺だ。気に障ったなら文句は俺に言ってくれ」
李順は自分が浩大を試したって言ったけれどそうするように言ったのは俺だと徐克右は締めくくった。
「いや」
浩大はわずかに苦笑した。
「そういう慎重さはきらいじゃないぜ。実際俺があんたと逆の立場でも確かめようとしただろうからな。…で、克右、あんたも俺を信じてくれたと思っていいのか」
浩大の言葉に徐克右はうなずいた。
「いくらお前でも喉元に小刀を突きつけられたら…身に覚えがあったら李順を手に掛けただろう」
わずかに浩大は眉を寄せた。
「あのさ…言っちゃ何だけれど李順は文官だぞ。ずいぶんな役回りをさせるじゃないか、克右。俺が疑われたことを怒って李順を殺っちゃうとは思わなかったのかよ」
「その危険を犯しても…」
割って入ったのは李順だった。李順は口元を引き結んだ。
「私としては信頼できる相手をお互いに確認したかったということですよ」
「それで仲間同士で殺りあって殺されかけるんじゃ俺が割に合わないよ」
そう言いながら浩大は李順に小刀を突きつけられていた喉元を軽くさすった。そして徐克右へ視線を移す。
「そうか。俺が李順を殺ろうとしたらあんたが飛び出してくるって予定だったな?」
「悪い」
少しも悪いとは思っていない表情で徐克右がうなずいた。
「で、俺を信じてもらえたなら…ここからは腹を割った話ということになるのか?」
浩大の言葉に李順はうなずいた。
「あなたにはお願いしたいことがあります」
李順の言葉に浩大はうなずいた。
「わかっているさ。克右と合流してお妃ちゃんと陛下を探すんだよな…?」
それはこうして浩大を疑った張本人である徐克右と組むことを嫌がっていない口調だった。浩大はある意味プロであり、それが任務となれば私的な感情は挟まない。
「そうお願いできればありがたいのですが…徐克右には王都に残っていていただきませんと」
李順のその言葉は徐克右も予想外だったらしい。
「…え?。そうだったのか李順。俺も浩大と一緒に陛下の探索に行くのかと思っていたんだが」
意外そうな表情を隠しもせず徐克右は視線を李順へと向けた。
「あなたには王都で私のサポートに入っていただかなければ」
そう李順は答えた。
「すでに陛下の不在は主だっった貴族に知られています。もっと大勢の貴族に陛下の不在が知られれば、最初に浩大が私を疑ったように私があえて陛下の不在を取り繕い宮中の権力を握ろうとすると疑っている貴族たちもやがては出てくるでしょう」
「そんなことを考える奴がいるなんて予想もできないけれどな」
浩大はあっさりと言った。
「あんたは陛下亡き後はこの国の未来になんてまってく興味がないだろう」
「まあ…そこまで人でなしではありませんが…この国が大国の上にあぐらをかき、汚職官僚や能力主義によらない高級官僚たちによって崩れていくのを一人で立て直すつもりもありませんからね」
「まったく言うよな」
浩大はそうつぶやいた。
「で、克右は王都に残るとして、俺の役割は?」
「陛下と夕鈴殿を探してください」
李順の言葉に切実な響きがこもった。
「それは…一人で?」
「一人でです」
きっぱりと李順は答えた。浩大は苦笑した。それがどんなに大変な仕事になるのかもちろん浩大にはわかっていた。
「なかなか…隠密には荷が重いね」
「何人も繰り出すわけにはいかない」
李順は唇をかみしめた。
「お二人はどこかで生きている。だが我々と連絡がとれない状況です。それは敵地の中にいるのか、あるいは連れ去られたのか。お二人の状況はまったくわからないんです」
「克右からどこを調査探索したのか、調査結果の情報はもらえるんだろうな…?」
それともそれは俺を試すための偽物の報告書なのかと浩大は床の上の書類へ視線を向けた。
「調査したのは本当だ。もちろん報告はまとめてある」
徐克右はうなずいた。先程李順が浩大に渡すふりをした時に床に落ちた書類を拾い上げる。それを見ながら李順は浩大へと視線を移した。
「ここに来る前にあなたにお願いしておいた王都での情報収集はいかがですか」
「ああ。やっておいたぜ」
そう浩大はうなずいた。



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