top狼陛下の花嫁小説>星の奏でる夜

イベント参加のお祭り企画
いつもそらいろさんごの作品をご覧くださっている読者様に感謝を込めて
公開です。お楽しみください

星の奏でる夜」2012,8,19大阪コミックシティ発行予定
B6P52 500円分定額小為替+180円分切手
珀黎翔×汀夕鈴
夏の宴でメインの独奏を任されることになった夕鈴。一方暗殺の企みがあることが発覚するも
そのターゲットは不明なままついに宴当日を迎えた・・・
星の奏でる夜
    ******

女官の先導について歩きながら珀黎翔は流れてくる琴の音に気がついた。
「…あれは」
「お妃様が奏でられております」
珀黎翔に問われたと思ったのか女官が立ち止まって答える。
「ああ、確かに。夕鈴らしい音だ」
けっして技巧をこらした響きではなく、幼少より鍛錬した繊細な響きでもない。だが、それは伸びやかで健やかな丸みを帯びた音で珀黎翔は意識せぬ笑みが口元に浮かんだ。
不意に音がやむ。続いて始まったのは、こちらは一度聞くだけで誰が弾いているのか明らかな力強い音だった。
「李順が来ているのか」
「はい。先ほどお越しになられて自らお妃様に手ほどきを」
本来男子禁制の後宮に王である珀黎翔以外の男性が入り、さらには妃に琴を教えるなどあり得ないことである。本来なら後宮に仕える女官は李順を押しとどめ珀黎翔に注進へと走るべき立場だ。
それをしないのは理由があった。
素性を明らかにしていない下級妃である夕鈴は市井の娘を珀黎翔が見初めたといわれている。その夕鈴を後宮に迎えるため、珀黎翔が己の重用する側近李順に夕鈴の後見を命じたのだ。時に仕事の手があいた時に李順がこうして後宮へやってきてお妃教育を施しているのは後宮の女官たちがあまねく知れ渡るところである。
「陛下がお越しになられました、お妃様、李順様」
居間の入り口で深く一礼し、女官はそう室内に声をかける。
「ではここまでといたしましょう」
そう答えたのは李順の声だった。
「わかりました。ありがとうございます」
夕鈴の声を聞きながら珀黎翔は女官に軽く手を振って部屋の中へと入っていった。心得た様子で女官は引き下がる。人払いの合図だった。
部屋の中には美しく着飾った夕鈴とその前から立ち上がった李順だった。
「熱心だな。麗しい音色が回廊まで聞こえていたぞ」
「私はなかなか上達できなくて」
珀黎翔の言葉に夕鈴が目を伏せる。
「いや、なかなかの上達ぶりだった」
女官が部屋にいるにも関わらず一度珀黎翔は夕鈴を抱き寄せた。かあっと夕鈴は頬を染めたがおとなしく珀黎翔の胸の中に収まった。
「李順もよく教えてくれている」
「恐れ入ります」
そういいながら李順は部屋に控えていた女官たちが琴を片づけ間に部屋を出ていくのにあわせ部屋の片隅へと退いた。
珀黎翔は夕鈴とともに長椅子にゆったりと腰を下ろす。
部屋の中に珀黎翔と夕鈴、そして李順の三人だけになると珀黎翔がにっこりと夕鈴に微笑みかけた。
「お疲れさま、夕鈴」
その口調は戦場の鬼神、冷酷非情と恐れられる狼陛下のものではなかった。
白陽国最高権力者、そしてその信頼暑い側近、さらに珀黎翔のたった一人の妃としてその寵愛をほしいままにしているというこの三人は実は国家機密を共有する仲間でもあった。その秘密とは、夕鈴が降るように持ち込まれる縁談を断るため雇われた臨時花嫁であること。そして本当は優しい心を隠し持ちこの国を守るため珀黎翔が恐れられる強い王を演じていること。
しかしながら夕鈴は珀黎翔が本当に強く、恐れられる狼陛下の一面を持っていることを未だ知らない。
「本当です」
夕鈴はほっと息を吐く。
「陛下もお仕事お疲れさまです。お茶、入れますね。李順さんもどうぞ」
「それでは遠慮なく」
部屋の隅に退いていた李順が椅子に腰を下ろす。夕鈴が本物の妃であれば王の寵愛を一身に受ける妃の居間でその側近が座るなどとあり得ない話だが、李順は夕鈴にとって表向きには後見であり、裏向きには鬼の上司だったのでこの秘密を共有する三人の間ではこの状況は普通のことだった。
「それにしても本当に上達したよ、夕鈴」
夕鈴が差し出すお茶を受け取りながらにこにこと珀黎翔がささやいた。
「李順さんのおかげです。このバイトをしていなかったらとてもここまで引けるようにはならなかったと思いますけれど」
そう答えて夕鈴はわずかに首を傾げた。
「でも、みなさんの前で弾くのはまだとても自信がないんですけれど」
「そうですね。練習は本当にがんばっていることだけはわかりますが、一人で引く部分についてはもう少し鍛錬が必要なのは間違いないでしょうね」
李順が口を挟んでくる。
「それに問題は難曲の山場の部分でしょう。一応間違わずに引けるようになったとはいえ、とても音色豊かに弾きあげるというレベルには達していません」
「あと一週間ぐらいか」
珀黎翔は眉を寄せる。
「まずいことに宴のメインですからね。難しそうなら代役を立てることも考えないと」
李順はわずかに眼鏡を押し上げた。
「最初に夕鈴殿に手ほどきしていただいたのは氾紅珠姫だったそうですし、代役となれば氾紅珠姫となるでしょうが」
「間違わずに弾けているのなら夕鈴に弾いてほしいと思うんだけれど。でも夕鈴の方はどう?」
珀黎翔に問いかけられて夕鈴は目を瞬いた。
「そうですね…間違わずには弾けているんですけれど…」
少し気弱になって夕鈴は目を伏せる。
「これが宴のメインといわれると荷が重いです。宴には耳の肥えた貴族たちもいらっしゃるでしょうし」
「それは問題ないような気がするけれどね。宴のメインとはいえ、合奏が始まる頃にはだいぶ酒も入っているだろうから」
珀黎翔は夕鈴に甘いが、それが政務ということであれば冷静に判断するだろう。とはいうものの、宴そのものを珀黎翔は軽んじているふしがある。
本当に夕鈴が弾いてしまって珀黎翔に不利にはならないのだろうか。
李順は宴も宮中の勢力地図に影響を及ぼすと考えており、デメリットとメリットを天秤にかけて返答してくれそうだった。
「代役を立てない方がいいというメリットはなんでしょうか?」
夕鈴は李順へと視線を移した。えー僕の言葉は信じられないのという珀黎翔のブーイングは聞かなかったことにする。
「最大のメリットは私の時間が拘束されなくなるということですね」
苦笑しながらの言葉だったので冗談だとはわかったものの夕鈴より先に声が響いた。
「…それはお妃ちゃんに酷くね?」
「浩大…!」
夕鈴は窓際へと視線をおくる。先ほどまで珀黎翔と李順、そして夕鈴しかいなかった夕鈴の居間にいつの間にか小柄な姿が床の上に座り込んでいた。これまたちゃっかりとお菓子を手に取っている。
「しばらく見なかったけれど、本当に相変わらずの神出鬼没よね」
「それは当然。俺はこれでも有能なの。…で、陛下、調査の件につきましては後ほどご報告いたします」
その口調からして白陽国にとって重大な事例は起こっていないということが察せられて夕鈴はほっとした。重大な案件ならば珀黎翔の前に現れた時点で浩大は珀黎翔に対して礼をとる。それは狼陛下に対する礼であって、何かしらの事件が起こっていることを暗示させるものだった。
「わかった。それでいい」
珀黎翔の口調はわずかに狼陛下の気配があったが、その笑顔は変わらなかった。
「で、さっきの件だけれどさ。お妃ちゃんうまかったよ?。これだけ弾ける貴族の姫はそうはいないでしょ」
浩大の言葉に李順もうなずく。
「そうはいませんよ、確かに。夕鈴殿はよく努力されました」
「え〜それは買いかぶりすぎですよ、李順さん」
夕鈴は首を振った。
自分でも曲を追うのが精一杯だという自覚はある。
「いえいえ、確かにうまくなっていますし、何しろ今回の宴に向けてものすごく練習されていることはよくわかっています」
李順は眼鏡を軽く押し上げた。
「まあ、この曲に限っていえば、夕鈴殿より上手に弾きこなせるのは…そうですね、氾家の姫ぐらいではないでしょうか」
「氾紅珠さんですか」
夕鈴は目を瞬いた。氾紅珠は学芸に優れ貴族の姫としての教養が並みならぬことは夕鈴もよく知っていた。氾家の姫であるので夕鈴にとっては本来距離を置きながらつきあうべき相手なのだが、氾紅珠が夕鈴に対し好意を持っていることを珀黎翔も認め親しくしていることに異議を差し挟むことはない。
不思議とちくりと胸が痛むことに夕鈴は気づいた。珀黎翔は氾紅珠にこの宴の演奏を頼むだろうか。
「いや、夕鈴に頼むよ。もちろん夕鈴にとって負担が大きいということならば別だけれど、今これだけ弾けていれば十分だよ」
「…!」
ほっと胸が軽くなる。夕鈴は顔を上げてにっこりと珀黎翔に微笑みかけた。
「がんばります!、陛下」
「うん。でも頑張りすぎなくていいからね」
珀黎翔は穏やかな口調のまま夕鈴にそう答えたのだった。

  *******

珀黎翔は李順と連れだって夕鈴の居間を出た。夕鈴はもう少し琴の練習に励むという。広い後宮の回廊を珀黎翔はためらいなく進み、夕鈴の居間から離れた部屋へと入った。後宮のこのあたりは閑散として人気がない。大きく開け放った窓からは涼しい風がそよそよと入ってくる。
「…浩大」
低く珀黎翔が呼ぶ。
「…御前に」
するっと窓から滑り込んできたのは浩大の姿だった。珀黎翔の前に軽く手を突いて礼を取り身を起こす。そのまなざしは夕鈴の前では決して見せない隠密の鋭さがあった。
「報告を」
促す珀黎翔の口調もまた狼陛下のものへと変わっていた。
「はい。…やはり今回の宴で宴の参加者に対し暗殺のたくらみがあるとの情報がありました。暗殺者が数名雇われているようです」
もともと最初の情報は別の隠密からあがってきていた。国内が安定しているとはいえ、光あるところには影が生まれる。物資の流入、人的交流が高まるにつれて暗殺や諜報を生業とする者もまた流れ込んでくる。
「そのターゲットははっきりしないのか?」
「陛下…ではなさそうなのですが」
そういって浩大は肩をすくめる。
「だってさ、陛下を相手にするんじゃ、雇われた暗殺者が少なすぎると思うんだよね」
口調があの砕けたものへと変わる。
「そうなのですか?」
懐疑的に口を挟んできたのは李順だった。
「陛下に対する暗殺のたくらみではないと判断した理由は?」
「陛下の腕は殺しの世界でも有名だからね。返り討ちにされた奴らも一人や二人じゃないし。もしも陛下を殺そうというのなら、まず間違いなく毒?。でも毒だって陛下が体を慣らしているっていうのは闇の世界じゃ知られたことだよ」
「夕鈴がターゲットという情報は入っていないか?」



「星の奏でる夜」2012,8,19大コミックシティ発行
イベント参加のお祭り企画 
top狼陛下の花嫁小説>星の奏でる夜