top狼陛下の花嫁小説>月下に香るただ一つの花

イベント参加のお祭り企画
いつもそらいろさんごの作品をご覧くださっている読者様に感謝を込めて
公開です。お楽しみください

「月下に香る、ただ一つの星」初期再録集4に再録
夕鈴に今まさに告白しようとしていた珀黎翔
だが、その場面に現れた暗殺者に
珀黎翔は視力を失い…


  *****

ここは白陽国。狼陛下の二つ名を持つ珀黎翔が治める国である。前王との代代わりに起こった内乱を自ら軍を率いて平定し国に平和を導いた賢王である。国が平和になると同時に貴族や官僚たち宮中の人間の関心は恐れられる王珀黎翔のお妃問題へと移っていく。外戚によって己の統治が滞ることを嫌った珀黎翔とその第一の側近である李順が考えだしたのは珀黎翔が最も寵愛する妃を臨時花嫁として雇うことだった。その臨時花嫁に選ばれたのは汀夕鈴。最初の出会いから狼陛下と兎嫁として出会った二人だったが幾つもの実験を経て珀黎翔は夕鈴をそして夕鈴は珀黎翔をひそかに愛しく思うようになっていたのだ。しかしながら身分違いも甚だしいということは夕鈴にはよくわかっている。やがては正妃を迎える人。好きになってはいけない人。この国のために自らの心さえ偽り冷酷非情の狼陛下として一人立つ孤独な王。
時には別れ、時には驚く程心を通わせて本来は短い期間であるべき臨時花嫁の任期を夕鈴はすでに二回更新していた。
珀黎翔は多忙をきわめる。この国の最高権力者というのはお飾りではないのだ。朝早くから夜遅くまで執務に追われ、自ら軍を率いて国の防衛の頂点に立つ王でもあるので兵の閲兵さえも珀黎翔が自ら行っている。
その多忙の中珀黎翔は後宮にも足繁く通っている。
表向き熱愛夫婦を演じていることになっている珀黎翔と夕鈴だが、実際には珀黎翔は夕鈴といる時間をとても大切にしていた。しかし夕鈴はそれをまだ知らない。
その日は気持ちのいい晴れた日だった。後宮では夕鈴がいつものように李順のお妃教育を受けたり氾紅珠の来訪を受けたりしながら過ごしていた。
「夕鈴様」
後宮の居間で琴の練習をしていた夕鈴は入口から遠慮がちに呼びかける女官の声に顔を上げた。
「夕鈴様、陛下がお渡りなりましたがいかがなさいますか」
「陛下が…?」
夕鈴は琴を引く手を止めた。
いつもに比べて少しその来訪が早い気がした。しかしもちろん臨時花嫁である夕鈴にこの国の至高の存在である珀黎翔の訪れを拒まれるはずもない。
「どうぞ陛下もうお通ししてください」
そう女官に指示しながら夕鈴は琴を片付けるように女官に命じた。程なく女官の先導を受けて珀黎翔と李順が居間へ入ってくる。
「今日はいつもより早く我が最愛の妃に逢えてうれしいぞ」
辺りに女官がいるので珀黎翔は狼陛下のままだ。顔が赤くなるのを押さえられないまま夕鈴は珀黎翔にすがりつくように抱きついた。本来ならもちろんこれは不敬である。一介の下級役人の娘である夕鈴は珀黎翔の顔さえ見ることがかなわぬ立場である。
「私も陛下にお会いできて嬉しゅうございます」
臨時花嫁の特訓の成果もあってこのくらいのセリフはすらすらと言えるようになっている。長くはもたないのが弱点なのだが。
「相変わらず我が花嫁は初々しいな」
そう言いながら珀黎翔は軽く片手を振った。心得た女官たちが音もなく退室していく。部屋の近くに人の気配がなくなったのを確かめて李順がうなずいた。
「よろしいようですよ、陛下」
「お疲れ様夕鈴)
そう言った珀黎翔はもう狼陛下から小犬陛下へと自然に変わっていた。
「今日はお早いですね。どうぞ座ってください。李順さんも」
夕鈴は椅子を勧めながらいつものように小卓へ歩み寄った。珀黎翔が後宮に来た時はその激務を癒やすためにもお茶を入れるのが慣例となりつつある。己の王宮においてさえ毒殺の危険がある珀黎翔にとって毒が入っていないとわかっている飲み物はその疲れを癒すのではないかと夕鈴は思っている。
「ありがとね。ところで夕鈴」
差し出された茶器を受け取りながら珀黎翔は少し気が置ける様子で夕鈴に話し掛けてきた。
「はい、何でしょうか陛下」
「よかったらちょっと庭でも出ないか」
「庭ですか?。もちろん構いませんけれど」
そう答えながら夕鈴はわずかに首をかしげた。珀黎翔が夕鈴を誘って庭にているというのは珍しい。何しろこの国は珀黎翔に代替わりしてから様々な改革が行われその改革を強行に推し進める珀黎翔は多忙をきわめているのだ。
「陛下」
李順がわずかに眉を潜めた。
「まさか昼間におっしゃったことを実行なさるおつもりですか」
「そのつもりだ」
「以前から申上げているように、私はその件に関しては反対です」
「お前の意見はわかっている。だが私の意志は変わらぬ」
それは夕鈴にはわからない会話だった。だが何となく予感があったかもしれない。李順が反対し続けているという珀黎翔の意志。それはいったい何を指すのだろう。
しかし夕鈴がその先を考える前に珀黎翔は茶器をおいて立ち上がった。
「おいで、夕鈴」
どうやら李順は部屋に残るようだった。賛成ではないと言ったものの、どうやら凶行に反対するつもりもないようだった。
「夕鈴」
庭には人の姿はない。プライバシーを守るため見えないように警備の兵はいるはずだが、或いは珀黎翔が人払いしたのかもしれなかった。
すでに季節は秋である。見事に整えられた後宮の庭は美しく紅葉し秋の花が香り高く咲き誇っていた。
半ばまで道を進み、珀黎翔は立ちどまった。ゆっくりと夕鈴を振り返り、珀黎翔は夕鈴の手をとった。
「陛下…」
今をもってしても珀黎翔との接触は慣れない。夕鈴は見る前に頬が紅潮してくることを自覚したが珀黎翔の手から己の手を引き抜くことはできなかった。
「あの、陛下お手を……」
そうささやくのが精一杯だった。国一番の美貌の持ち主で知られた珀黎翔の生母の血を色濃く受け継いだ端正な美貌。だがその面差しのどこにもなよやかなところはない。あくまでも強い意志が宿る力あるまなざし。その黒い瞳の中には夕鈴だけが映っていた。
「夕鈴、僕の言葉を聞いてくれる?」
「陛下それはもちろんですけれど」
「夕鈴…」
珀黎翔はためらった。その言葉を口にすることをまるで恐れているようだった。
「陛下…?」
「僕は君が好きだ」
「………」
最初は何を言われたのかわからずにそしてその次には言われた内容が理解できず夕鈴はまるで人形のようにその場に立ちすくんだ。
「でも、でも、陛下…私は…」
「軽い気持ちで言っているわけじゃない。僕は本気で夕鈴を好きなんだ。夕鈴を妃にそして正妃にと考えている」
「陛下…」
珀黎翔が本気でそう言ってくれていることは夕鈴にもわかっていた。
静かな落ち着いた声で珀黎翔はゆっくりと話し続けた。
「もちろん夕鈴と僕の結婚となれば問題が山積みであることもわかっている。だが誰にも何も言わせない。僕は夕鈴に側にいて欲しいと思っている。夕鈴を守るよ必ず」
「…私…は……」
夕鈴は言葉を詰まらせた。珀黎翔が守ると言ったのならば必ず守ってくれるだろう。珀黎翔は信じられる人だ。その口にした言葉を翻すようなことはしないだろう。珀黎翔とともに生きていく未来。
「夕鈴返事を…」
そこまで言った瞬間、不意に空を切る羽音がした。
「夕鈴…!」
珀黎翔の鋭い叫び声とともに、夕鈴は突き飛ばされるように地面に倒れこんだ。
何が鈍い物音がした。ぞくっと身がすくむような音。振り返り、夕鈴は目を見開いた。
「陛下…!」
悲鳴が口をついて出る。珀黎翔の胸元に深々と突き刺ささっているものは何。
珀黎翔は右手に剣を抜きはなっていた。さらにどこからともなく飛来する矢。それらを珀黎翔はすべて切って捨てる。
「夕鈴!、伏せて!」
鋭い珀黎翔の声。はっとして身をかがめながらそれでも夕鈴は大声を上げた。
「陛下…!誰か来て!、誰か…!」
夕鈴の叫び声に応じて駆けつけてくる物音がする。入り乱れる足音。後宮は何度か企てられた妃への暗殺未遂があり目に見えない場所に兵士が立って警護しているのだ。だが、それでも広い後宮すべてに兵士をたてるというわけにはいかない。
その警備の隙を突かれた格好になった。
「陛下!」
飛び込んできた兵士の姿にどこからともなく仕掛けられた攻撃の手はやんだ。珀黎翔は剣を抜いたまま兵士へと振り返る。
「敵はあちらの方角だ。追って捕らえよ。できれば殺すな」
「かしこまりました!」
「妃を部屋へ。もう攻撃を仕掛けてくるとは思えないが万一ということがある。護衛をつけておけ」
「かしこりました!」
「女官殿!」
そこへやはりこちらも気配を察知したのか李順が駆けつけてくる。
「陛下…!」
さすがに王の代替わり前から珀黎翔に付き従い、第一の
側近だけのことはあった。攻撃が仕掛けられたとみるや回廊から飛び降り、足早に珀黎翔の側へと駆け寄る。
「何をしている!。早く侍医を呼べ!」
珀黎翔が夕鈴の身の安全と襲撃者の追撃を指示したのとは違い、李順は珀黎翔の身の安全を優先した。
「夕鈴様、ここは危のうございます。早く回廊へお上がりください」
「お妃様、どうぞあちらの方へ」
女官や兵士に取り囲まれてその場から連れ出されそうになり夕鈴はその手に抗った。
「まって、待ってください」
夕鈴は人の輪を抜け出して珀黎翔の元へと走り寄る。
「陛下…!」
まだ侍医は到着していない。珀黎翔を押し包み、暗殺者の手から守ろうとする兵士は、しかし夕鈴の行く手を遮ることはなかった。道は開いて夕鈴は地に膝をつき剣を納めた珀黎翔の側に身をかがめた。
「陛下…!」
「案ずるな、我が妃よ」
そうささやいて、珀黎翔が顔を上げる。一筋、二筋髪が乱れた。幾分顔色が青ざめている。
「部屋に戻っているがいい。そなたが無事でよかった」
「陛下…!」
まだその胸元に矢が突き刺さったままだ。
「陛下!、侍医が参りました!」
その声にほっとあたりの緊張がほどける。駆け込んできた医者に場を譲り、夕鈴は立ち上がった。李順が夕鈴へと視線を移す。
「部屋へお戻りください」
「はい」
できるものならば珀黎翔の側についていたかったが暗殺者の襲来という事態においては夕鈴が安全な場所にいることも大事なのだとわかっている。今度こそおとなしく部屋に戻ろうとした夕鈴は背後から聞こえてきた侍医の言葉に足を止めた。
「矢が射かけられたとは…しかし幸い急所は外れております。よくご自分で矢を抜かれずにお待ちくださいました。抜かせていただいてもよろしいでございますか」
「頼む」
「……」
珀黎翔の声は聞こえなかったが侍医によって矢が引き抜かれたようだった。
「これは…」
侍医が絶句する。
「直ちに陛下を寝室へお運びください。李順殿、矢に…毒が」
はっとその場が凍り付いた。
「陛下を王宮へお運びせよ」
李順がわずかに声を強める。
「この場で起こったことには全員沈黙を守るように。現在この場に居合わせた者だけが今の状況を知っている。王宮よりの正式の公布の前にこの情報が流れた時は必ず厳しく情報の流出元を追求する」
さすがにこの手の情報統制には十分に慣れている。李順はちらりと夕鈴の方を見た。
「お妃様、後宮の女官達につきましてはお妃様にお任せしてもよろしいですか」
「はい。おまかせください」
容易ならぬ事態になったことはさすがの夕鈴もわかっている。そしてしばらくの間李順が一人で王宮内の様々な動きに対応しなければならないこともわかっていた。
「では後宮の方々の安全を考え兵士の方を見張りに立てます」
それは体のいい軟禁であったが夕鈴に否やはなかった。
夕鈴は周りを女官や護衛の兵士たちに囲まれて回廊へとあがっていった。

   *******

後宮で珀黎翔と夕鈴すなわち王とその妃がくつろいでいるところに暗殺者の襲撃があるという非常事態を受けて王宮では禁足令が発動した。公布された内容は王と妃が襲われたものの王がその攻撃を退け、現在暗殺者を追跡中という内容だけだった。だが珀黎翔が矢をその身に受けしかもその矢には毒が塗ってあったことは現在ほぼ伏せられていた。残念ながら王宮の一部の貴族を除いてのことだったが。
一通りの仕事を終え、再び王の寝室に戻ろうとした李順を呼び止めたのは氾史晴だった。
「李順殿」
その穏やかな口調ながら氾史晴はこちらの用意がないうちに話したくない相手の一人であった。白陽国の貴族の大家であり油断をすると王の足を掬いかねない相手でもある。
「李順殿、陛下のご様子はいかがですか」




「月下に香る、ただ一つの星」2011,10,23スパーク発行
夕鈴に今まさに告白しようとしていた珀黎翔
だが、その場面に現れた暗殺者に
珀黎翔は視力を失い…

イベント参加のお祭り企画 
top狼陛下の花嫁小説>月下に香るただ一つの花