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魔法科高校の劣等生 ショートストーリー集
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魔法科高校の劣等生
兄との一日の始まり
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部屋を出て共有の場所である居間に入るとすぐに雨だれのように優しい音が部屋の中で響いているのが聞こえる。
思わずしも深雪は口元に笑みを浮かべた。
「お兄様…」
視線を送るまでもなく居間の長椅子に腰を下ろした愛しい兄の達也がパソコンに向かって常人の何倍ものスピードでタイピングしていることが分かる。
「もう起きていらしたのですか?」
そう言いながら深雪は達也の後ろ姿に歩み寄った。両手で兄を後から抱きしめる。
実は達也が後をとらせてくれるのは深雪だけだと分かっている。体術に優れた兄は滅多に背後をとらせることはない。
「深雪…?。どうした?」
そう尋ねながらも達也が打つタイピングの早さは変わらない。こんなにも深雪がどきどきしながら兄を抱きしめているというのに達也の呼吸は変わりさえしないのだ。
その冷静さが悔しい。
だが背後から抱きしめることを許してくれているということが達也が深雪にだけ心を許している証でもあると分かっていたので悔しいと思っても心が乱れることもなかった。深雪はそのままゆっくりと兄の肩に顔を埋めた。
「お兄様、今日のお約束、覚えていてくださいましたか?」
魔法科高校に入学したお祝いに何が欲しいかと問われた時、達也に深雪がねだったのは一つだけである。
休日を二人っきりで出かけること。
エリカが聞いていたら砂を吐くような顔をしたかもしれないがその約束を深雪が取り付けた時は達也と二人きりだった。
それがお祝いに欲しいものなのかと達也は首を傾げたが、深雪は力一杯うなずいてそのお祝いを無事に勝ち取ったのである。
達也には想像もつかないのかもしれない。
物など何一つ深雪は必要としていないかった。もちろん達也がくれるものだったらどんなものでも深雪にとってはかけがえのない宝になる。だが本当に欲しいの達也の時間だった。他に図ることのできない大切な兄との思い出。
その奇跡の時間を共有したい。
望みが叶うのは今日である。それは早起きにもなるというものだった。
「二人で出かけるお約束です」
「もちろんだよ、深雪」
そう答え達也はふと手を止めた。片方の手を上げて肩に顔を埋める深雪の艶やかに長い髪を撫でる。
「俺が忘れるわけないだろう?」
「お兄様…」
うれしさに深雪は頬がほころんだ。穏やかで優しい達也の声が耳元で聞こえる。
「楽しみにしていたのは俺もだよ。…だがまだ早いだろう?。せっかくの休日だ。いつも家事をやってくれている深雪にはもう少しのんびりしていてくれてよかったのだが…」
「家事などどれほどの事もありませんわ」
深雪はにっこりとして身を起こした。
達也の優しい手に髪を撫でられている至福の時は捨てがたいが、兄の食事を用意するという喜びも誰にも譲るつもりはない。
「今コーヒーを入れてきますね」
愛しい兄の為にそして今日の一日の計画を考えながらと深雪は名残惜しさを感じつつ達也の側を離れる。再び雨だれのように響きはじめた入力音を聞きながら深雪はキッチンへと歩いていったのだった。